律令国家最後の古代城柵の歴史を今に伝え、史跡を訪れるきっかけに

配付中の御城印
岩手県矢巾町は国指定史跡・徳丹城跡の来訪記念となる「徳丹城御城印」を、矢巾町歴史民俗資料館で販売開始しました。御城印をきっかけに、徳丹城跡と歴史民俗資料館を巡り、矢巾町に受け継がれる歴史や文化財の魅力に触れていただく機会を広げます。
好評だった御城印を、新たな来訪記念に
令和6年、多賀城創建1300年を記念して、東北の8つの古代城柵が連携し、古代東北の城柵「御城印」を制作・配布しました。徳丹城もその一つとして参加し、配布は好評のうちに終了しました。今回販売する「徳丹城御城印」は、その反響を受けて新たに制作したものです。
徳丹城の創建年とされる弘仁3(812)年にちなみ、8月12日から販売を開始しています。
「徳丹城御城印」販売概要販売場所・価格
➢販売場所:矢巾町歴史民俗資料館(岩手県紫波郡矢巾町大字西徳田3-188-2)➢販売価格:1枚300円(現金販売のみ)
➢休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は翌平日)
➢購入時の注意事項
御城印は印刷物のみ販売。販売場所での記帳や窓口での日付記入なし。予約・郵送販売なし。無くなり次第販売終了。
古代東北の歴史を伝える徳丹城
蝦夷支配と北方経営の拠点として築かれた古代城柵矢巾町の歴史は縄文時代にさかのぼり、町内からは土器や石器が出土しており、早くから人々の生活の場であったことが分かります。奈良時代から町域内に在地の蝦夷の集落が形成され、平安時代初めには、蝦夷支配と北方経営の拠点として、現在の西徳田付近に古代城柵の徳丹城が築かれました。
胆沢城とともに陸奥国北部の統治を行うための軍事・行政拠点であり、古代律令国家による征夷政策を示す史跡として、歴史を今に伝えています。
徳丹城から現在の矢巾町へ
その後、町域では中世に奥州藤原氏の一族である樋爪氏、その後は足利氏一門の斯波氏などが支配し、近世には南部氏の盛岡藩領として農業を中心に発展しました。明治時代には町村制の施行により村が整備され、昭和30年に徳田村・煙山村・不動村の3村が合併して矢巾村が誕生し、昭和41年の町制施行により矢巾町となりました。
史跡を歩き、資料館で学ぶ

矢巾町歴史民俗資料館
徳丹城跡に隣接する矢巾町歴史民俗資料館
矢巾町歴史民俗資料館は、この地で営まれてきた歴史と先祖代々育まれてきた生活文化を守り、後世に伝えていくための学習の場として、昭和58年9月20日に国指定史跡「徳丹城跡」に隣接して開館しました。
展示室では、812年にこの地に造営された徳丹城跡や、藤沢狄森古墳群、その他町内遺跡から出土した土器や勾玉などを展示しています。同敷地内には町指定有形文化財の佐々木家曲家も併設し、農具や生活用具などの民俗資料も紹介しています。

国指定史跡・徳丹城跡
史跡を巡りながら歴史に触れる
徳丹城跡は現在、国道4号西側を中心に整備が行われ、休憩舎やトイレなども設置されています。令和6年度まで5カ年で実施した第2次史跡整備地には、遺構平面表示や井戸跡展示施設などがあり、史跡を巡りながら、歴史民俗資料館で学びを深めることができます。
多賀城創建1300年記念事業では、東北の8つの古代城柵が連携しました。徳丹城御城印の販売は、矢巾町の文化財に触れ、古代東北の歴史を身近に感じてもらう入口となる取り組みです。
御城印をきっかけに、矢巾町の歴史と文化財
矢巾町は、徳丹城跡と歴史民俗資料館を通じて、町に受け継がれてきた歴史や文化財の価値を伝え、町内外の皆さまが古代東北の歴史に触れる機会を広げていきます。御城印をきっかけに、史跡を歩き、資料館で学び、矢巾町の文化的魅力を感じていただきたいと考えています。問い合わせ先
矢巾町教育委員会事務局 文化スポーツ課 文化財係 019-611-2860※御城印の在庫状況は矢巾町歴史民俗資料館 019-697-3704
こちらもご覧ください
令和8年8月12日より「徳丹城御城印」を販売しますhttps://www.town.yahaba.iwate.jp/soshiki/kyouiku/manabi/17807063354012179/
矢巾町歴史民俗資料館
https://www.town.yahaba.iwate.jp/soshiki/kyouiku/manabi/2019021500046/
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