©︎2026 「さとこはいつも」製作委員会

「バックルームズ」(9月4日公開)★★★


出口のない迷宮が生む恐怖


 “あるはずのない隙間”から、黄色い壁に囲まれ蛍光灯に照らされた迷宮のような空間へ迷い込んだ男(キウェテル・イジョフォー)が、出口を求めてさまよう。インターネット発の都市伝説「バックルームズ」を基にした不条理スリラー。

 本作の原点は、当時16歳のケイン・パーソンズがユーチューブで発表した短編映像。彼は19歳で本作を監督し、ユーチューブ発のクリエーターが映画界へ進出する近年の流れを象徴する存在となった。舞台は、人がいるはずなのに誰もいない、日常と非日常の境界にある「リミナルスペース」。黄色い壁、無機質な光、同じ景色の反復が、現実感を少しずつ失わせていく。舞台が1990年であることも効果的だ。スマートフォンもネット検索もない時代、男はビデオカメラに自分を記録しながら、出口を探すしかない。現実の裏側なのか、彼自身の心象風景なのか。解釈の余地を残しながら、「永遠にここから出られないのではないか」という閉塞感と恐怖を観客に抱かせる。


「白鳥とコウモリ」(4日公開)★★★


社会派ミステリーの可能性


 善良な弁護士の白石が刺殺され、倉木(三浦友和)が犯行を自供する。だが、倉木の息子・和真(松村北斗)と白石の娘・美令(今田美桜)は、それぞれの父親の言動に抱いた違和感から事件を調べ始める。東野圭吾の同名ミステリー小説を岸善幸監督が映画化した。

 東野作品には、ある場所や過去の罪が現在の事件につながり、意外な人間像が浮かび上がるという点で、松本清張を思わせる構造がある。ただし、清張が人間の業を突き放して描くのに対し、東野作品では真相の背後にある家族愛や人情が前面に出る。本作もその延長線上にある。タイトルが示すように、単純に白か黒かでは割り切れない人間の深い闇を描き、冤罪という重いテーマにも踏み込んでいるだけに、もう少し硬質な社会派ミステリーとしての掘り下げがあってもよかったのではないかと思う。柄本佑が演じる五代刑事の、一歩引いて人間を見つめる距離感が印象に残るだけに、なおさら惜しい気がした。


「オデュッセイア」(11日公開)★★★


クリストファー・ノーランの力業


 トロイア戦争を終えたイタケの王オデュッセウス(マット・デイモン)は、妻(アン・ハサウェイ)と息子(トム・ホランド)が待つ故郷を目指す。だが、一つ目の巨人や魔女、海の怪物など、次々と試練が立ちはだかり、帰還まで10年もの歳月を費やすことになる。ホメロスの同名叙事詩を、クリストファー・ノーラン監督が映画化した。

 全編をIMAXフィルムカメラで撮影するなど、映像表現への執念は並々ならぬものがある。だが、ノーランが描くのは英雄の冒険だけではない。時間を行き来する構成や、戦争を勝利に導く一方、その過程で犯した罪を背負う男という設定には、前作「オッペンハイマー」との共通性も感じられる。巨大な怪物や荒れ狂う海のスペクタクルは圧倒的だが、その根底にあるのは、戦争を終えた男が失われた時間を取り戻し、家族のもとへ帰ろうとする物語。神話を巨大な映像世界としてよみがえらせながら、人間ドラマとしても成立させたノーランの力業に注目だ。

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」(11日公開)★★★


戦争が残した加害と被害の記憶


 ベトナム戦争に従軍した元海兵隊員アレン・ネルソン(ロドニー・ヒックス)は、帰国後も戦場の記憶に苦しみ続ける。だが、自らの戦争体験を人前で語り始めたことをきっかけに、少しずつ人生を取り戻していく。

 塚本晋也監督が描くのは、単純な戦争の被害者ではない。ネルソンは戦争によって傷つけられた人間であると同時に、戦場で人を殺した加害者でもある。その矛盾を抱えたまま生きる姿に、戦争の本質が浮かび上がる。かつてアメリカ映画が繰り返し描いたベトナム戦争とその後遺症も、戦争から半世紀以上が過ぎた今、映画で語られる機会は少なくなった。そんな中、日本人監督がこの戦争を描いた意義は大きい。当事者ではない者が、ネルソンの二つの顔を見つめることで、戦争が人間に何を残すのかを改めて問い直す。そして、ウクライナやパレスチナなどで戦争が続く現実を考えると、ネルソンの苦悩が決して過去のものではないことにも気付かされるのだ。


「さとこはいつも」(18日公開)★★★★


3人の「さとこ」がいとおしい


 15歳の中井聡子(姫野花春)、35歳の西田沙都子(有村架純)、55歳の飯島里子(石田ひかり)。年齢も育った環境も違う3人の「さとこ」が、それぞれ自分の物語を書き始めたことで、その人生が交差していく。沖田修一監督がオリジナルストーリーで描く人間ドラマ。

 初恋、不倫、子育てを終えた後の再出発。3人それぞれのエピソードの描き方が秀逸で、どの「さとこ」もいとおしく思えてくる。特に15歳の聡子のリアルな価値観と、そこから膨らむ妄想とのギャップが面白い。沖田監督は、なぜ15歳女子のことがこんなによく分かるのかと不思議になるほどだ。彼女たちに絡む登場人物も、誰一人として憎めない。所々にちりばめられたギャグに笑いながら、ほのぼのとした気持ちにさせられる。また、何かを書くことで自己表現をすることの本質にも触れている。自分の人生を物語として捉え直すことが現実を少し動かす。そんな可能性を描く“沖田ワールド”の魅力が詰まった一作。


★は五つ星が満点。映画製作の現場を長年取材している筆者の独断と偏見に基づき評価。


(映画ライター 田中雄二)