(左から)小八重葵美、西川美和監督 (C)エンタメOVO

 戦争で家族と日常を奪われた12歳の少女・琴子は、生き延びるため自らの性別を隠し、少年として生きることを選ぶ。西川美和が原案・脚本・監督を務め、戦後の日本で家族を失い社会からこぼれ落ちた子どもたちを題材に描いた『わたしの知らない子どもたち』が、10月16日から全国公開される。西川監督とオーディションで約500人の中から選ばれて琴子を演じた小八重葵美に話を聞いた。


-本作を製作するきっかけと、なぜ今この題材を映画化しようと思ったのかを伺います。


西川 きっかけになったのは、前作の『すばらしき世界』(21)の主人公が、幼年期に戦争孤児たちと一緒に町で暮らしていたということでした。あの時代に、孤児たちが誰からも面倒を見てもらえない境遇で、よく生き延びられたなと。そのエネルギーに魅了されました。そして、そういう子たちの行く末が、暴力団の世界に巻き込まれていったことに興味を持ってやり始めました。ところが、何しろ題材が戦中・戦後の話で、私にとっては、資料を読み込むところから始まったので、特に戦後80年に照準を合わせて発表するという意気込みがあったわけではありません。何年かかるのか、こんな話に誰がお金を出して撮らせてくれるのか、人が見る価値のある物語になるかどうかも分からないところからスタートしました。


 ただ、資料に触れながら、自分でも勉強していくうちに、これだけ知らないことがあるんだということに日々打ちのめされました。当時のことを語れる人たちが日ごとに亡くなっていく中で、本当にこのまま誰も知らない話になっていくのであれば、今の新しい人たちが見たくなるような表現で映画にしていく価値はあるのかもしれない。そういう覚悟が日ごとに増していきました。あとは、途中からウクライナ侵攻があったりした中で、もう遠い過去の話だと思っていたことがそうではないのであれば、そういう経験をした国の、私のように後から生まれた作り手が、今の人に通じる語り口で、戦争がもたらすものは何かということをやる価値はあると思いました。


-自分が全く知らない時代の話の中で演じてみてどんな感じでしたか。


小八重 オーディションの時は、どういう役かよく分かりませんでした。最初は、せりふも多いし、覚えられるかなと不安でしたけど、台本を読んでいくにつれて、どんどん覚えていったし、リハーサルも何回かやっていたので、本番の時はうまくできて、よかったと思いました。歌を歌ったり、体を動かしたりするオーディションも、髪を短く切るのも、戦争のことも、みんな初めてのことだったので、分からないことも多かったけれど、この役をやったことで、戦争でこういうことがあったんだという知ることができてよかったです。


-小八重さんを琴子役に選んだ理由は、どんなところにありましたか。


西川 圧倒的に透明感のある目ですね。オーディションには、葵美ちゃんよりも演技経験の多いお子さんたちもいっぱい来てくれたんですけど、葵美ちゃん以外の子が琴子をやると、何かぴったり合わなかったんです。多分、その子が根っこに持っているものが、非常に影響する役だということが、他の子たちの演技を見ながら分かってきました。琴子は非常に芯が強い子なので、それがぴったり合うのが葵美ちゃんだったというのもありました。演技経験が少ないというのは聞いていましたが、きっとこの子が一番いいだろうと思いました。


-監督からのリクエストやアドバイスで印象に残ったことがあれば教えてください。


小八重 撮影が終わった後に、すごい笑顔で抱き締めてくれたり、お疲れさまって言ってくれたのがうれしかったです。表情は、自分の中ではそう思っていても、ほかの人から見るとあまり顔に怒りが出ていなかったりしたので、自分が思っているよりも強く表情を出した方が見ている人にも気持ちが伝わると言ってもらえて、それが勉強になりました。

-今回は、二階堂ふみさんが演じた教師の曽根と生徒の琴子という2人のヒロインがいましたが、その意図はどこにあったのでしょうか。


西川 曽根先生をもうひとつの主軸にしようと思ったのは結構後からでした。最初は、子どもたちだけのサバイバルの物語として書いていこうと思いましたが、なぜこの子たちがこういう状況に置かれているのか、誰がそうさせたのか、そうさせてしまった大人たちは何を考えているのかが気になり始めて、それを描きたいと思いました。ただ、子どもたちは本当にひたむきな存在で、状況を言葉で語るわけでもないですし、物言わぬ存在としては非常に強いんですけれど、それを言葉にしながら見ていく、物語を観客に伝えてくれる語り部として、曽根先生に琴子を探すという大役を務めてもらう方が、見てくださる大人の方たちにとっては、この物語がより身近になると思ったので、そうした意味でも二階堂さんに、もう1人のヒロインをやっていただきました。


-1945年の再現が見事でしたが、そこに子どもたちの冒険物語という側面をクロスさせていましたね。


西川 どこまで行っても完全な再現はできません。私も含めて、スタッフも皆戦後生まれですし、自分の目で見たわけではないので、厳密に言えば違うことばかりだと思います。もちろん、いろいろな下調べはしましたが、色彩や技術の表現では、スタッフにどうすれば観客が魅力的に捉えてくれるのかを目指していただきました。結局、先人たちの作った映像資料しか参考にするものがないんです。残っているフィルムはモノクロだし。どこでフィクションの線引きをするかというのは非常に難しかったのですが、今まで見たままのものをトレースするのではなく、映画的な楽しさを求めました。やはりこういう題材だからこそ、映画館にぜひ行ってみたいと思うような楽しさや明るさ、あとは、登場人物たちの魅力もなければいけないと思いました。重くてつらくて勉強になるだけだと人はなかなか食指が動かない。「教育」とは別のものをもたらしてくれるのが映画の素晴らしさだと思うので、映画のきらめきと楽しさを大事にしたいというのがありました。


-自分が出演した映画を見てどう思いましたか。


小八重 撮影中は、自分で画面を見たりとかはあまりしていなかったので、今どういう顔をしているんだろうと気になりました。完成した映画を見たら、こんな顔をしていたんだとか、曽根先生にこんなことがあったんだとか、台本を読んではいたけれど、映像で見ないと分からないこともいっぱいあったので、見られてよかったです。琴子がかわいそうだというのもありますが、とても強いなと思いました。すごく一生懸命に生きている。自分で髪を切って、男の子のふりをして生きていこうとする姿がすごいなと思いました。


-観客や読者の方に向けて、一言お願いします。


小八重 琴子が吉田羊さん演じる鷹間先生に抱きしめてもらうところと、将吉との別れのところは感動すると思います。ピアノやアコーディオンを弾くところは、練習も大変だったし、すごく頑張ったので見てほしいです。多分、みんなすごく泣いてしまうと思うから、ハンカチでは足らないと思います。私は演じた時も、完成したものを見た時も泣きました。


西川 今も各地で戦争が起こっていて、どうしたら止められるのかと思いながら、悶々としている人も多いと思いますが、もう1度、自分たちの国に何が起きていたのかを知ることも大切なのかなと思います。また、子どもというのは、おしなべて素晴らしい存在なんだということを、私もこの映画を撮影して、作り終えて、改めて実感できたと思っています。子どもたちが本当にみずみずしくて素晴らしいので、ぜひそれを映画館に見に来ていただきたいと思います。


(取材・文・写真/田中雄二)

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