渡辺いっけい (C)エンタメOVO
長年にわたり、テレビ界で活躍してきた錦信次監督が63歳にして長編映画監督デビューを果たし、新宿ゴールデン街を舞台に描いた人間ドラマ『月影のゴールデン街』が、10月30日から全国順次公開される。本作の主人公でスナックのマスター青木を演じた渡辺いっけいに話を聞いた。
-新宿・ゴールデン街が舞台と聞いて、どう思いましたか。
事務所からこういう話が来ていると聞いて、ゴールデン街は、2軒ぐらい行きつけのお店があったので、あの辺りの匂いというか空気はもちろん分かっていたし、演劇の制作をやっていた女の子が、あるお店を引き継いでいたので、元気でやっているかなと思いました。その前にも、唐十郎さんの状況劇場に所属していて、花園神社にテントを立てて野外劇をやっていました。だから、なじみがあるエリアだったので、まだ台本が半分ぐらいしかできていなかったけど、引き受けました。これは参加した方がいいという勘が働きました。
-脚本を読んだ印象は、いかがでしたか。
これは錦信次監督の私小説に近い青春賦だと思いました。僕は主役ですけど、カウンターの中にいて、いろいろな人の相談を聞いて受ける役。撮影中に、お店をやるというのはこういうことなのかと分かりました。つまりお店の主役はマスターではなくて一人一人のお客さん。だから不思議な主役だと思いました。
-実際に演じてみて感じたことはありましたか。
若い時から、役者にとって一番大事なのは相手のせりふを聞くことだと言われてきましたが、まさにそれを体現するような役でした。自分がこう演じたいではなく、人のエネルギーを受けとめる役なので、そこは面白かったです。今までは、割とひっかき回す役ややかましい役が多かったのですが、そうではない役をやることが、今の僕には必要なんだと思いました。だから勘が働いたというのは、それもあったと思います。
-何か特別な役作りはしましたか。
僕の行きつけのお店の人たちは、当然マスター役のモデルになった「あるぱか」の青木さんのことを知っているわけです。ゴールデン街では有名な方でしたから。僕も、お名前だけはよく聞いていたし、どんな方なんだろうと思っていました。だからリサーチというか、実際はどんな方だったのかは聞きました。でも、「いっけいさんはちょっとイメージが違う」と言われました。「何がどう違うの」と聞くと、青木さんは普段から穏やかで、俺はこうだからと主張するタイプの人ではない。すごく博識で知性を感じる人だったと。最後に入院された時も、お見舞いに行った方が、青木さんの寝言を聞いたら英語だったと。その話を聞いた時に、無理だと思いました。でも、自分なりにやるしかないと思い直して、物理的にあまり動かないようにすることを意識しました。普段は間を埋めようとして動くことがあるんですけど、今回はいかに動かないであそこに存在するかが大事だと思いながらやりました。
-ほぼ小さな店内で展開していく、どちらかというと演劇的な世界でしたね。
本当に狭い空間の中に皆さんがいる感じでしたが、共演者の中には舞台畑の人もいて、共通言語が持てる人たちが多かったので、それは楽でした。自分が好きな役者さんもいたので、それだけで安心感があって、とても居心地がよかったです。演劇ではなく映像の場合は、出自の違う人たちが集まります。なので、どういうバックボーンで役者になったのかは、人それぞれ違いますし、それぞれにスタイルがあります。それはゴールデン街に飲みに来るお客さんも同じ。だからけんかも起こるというのは、結構リアルだと思いました。マスターは、お客さんは全部迎え入れるのが仕事ですけど、やっぱり相性ってあるじゃないですか。結局、マスターと相性がいい人が残っていくんです。そういう店だったのだろうと思います。
-演じた主人公に共感する部分はありましたか。
お店を自分が仕切っていることとは別に、家族の問題が出てきます。お店では本当にすてきなマスターだけど、家族からはどうしようもないと言われているみたいなところは、“男あるある”かもしれないし、自分もそうだよなと思います。僕は渡辺家の本家の長男なんですけど、全然長男としてはやれていなくて、姉と妹に任せきりです。ちゃんとしなければと思っているので、そういうところは似ているのかなと。青木さんも、いい意味で、かっこつけのところがあったはずですが、映画ではそのあとの弱さも描かれているので、すごくやりがいがありました。
-印象的なシーンはありましたか。
一番難しかったのが、監督がこだわって何回も撮った記憶があるんですけど、ギンジ(粟島瑞丸)と最後の別れになるところの、「ありがとな」と言いながら浮かべる笑顔でした。今の僕にとっては非常に難しかったです。ただただ、ギンジが来てくれてうれしいという素直な気持ちを出して、今まで見せたことがない笑顔だったのかもと思いながら、客観的にやりました。
-ジョン・フォード監督の『荒野の決闘』(46)に関することが端々に出てきましたね。
出てくるのはどんなマスターだったっけと思って『荒野の決闘』を見直したんです。そうしたら全然かっこよくなくて。この人の「ずっとバーテン一筋なもので」というせりふを、粋な感じでしゃべるというのは、要するに青木さんの脳内で出来上がっていたことなのだと思いました。それはきっと青木さんがマスターをやっているから、自分と重ね合わせてかっこをつけるということだったのではないかと。ちょっとかわいらしい男の子的なものを感じました。
-これから映画をご覧になる観客や読者に向けて、アピールも含めて一言お願いします。
今、ゴールデン街は外国人が押し寄せていて、大きく変化しています。そういう意味でも、この映画は昭和の時代から描かれていくので、それぞれの年代で、あの時これをやっていたなという見方ができるのも面白いです。若い人から僕らのもう少し上の世代の人まで、いろいろな角度から楽しめるものになっていると思います。シンプルに青春賦でもあるし、親子の話でもあるし、いろいろな人の愛やいろいろなタイプの人間が見られるので、ちょっとお時間があったら、そういうところを見ていただきたいです。癒やし系の映画だと思います。心が疲れている時に見てもらって、何か癒やされたと感じてもらえたらうれしいですし、見終わった後で、自分のなじみの店に行きたくなるような映画になっていたらと思います。役者って、作るときはちゃんとベストを尽くしてやるんです。でも、出来上がったあとは受け身なので、それがどう評価されるのかはまた別のことになります。楽しんでくれる人がたくさんいるといいですね。
(取材・文・写真/田中雄二)







