柔道に剣道、合気道、空手道――日本に武道は数あれど“国技”“神事”として別格の扱いを受けているのが大相撲である。近年には相次ぐ不祥事や海外力士の台頭もあったが、まだまだ存在感は薄れていない。今月11日に控えた春場所の開幕を心待ちにしているファンも多いことだろう。
さて、伝統ある現実の大相撲はいろいろと厳しいタブーを定めているわけだが、一方で日本が誇るサブカルチャー・漫画はタブーのない世界だ。そんな両者が融合したらどうなるか? 今回は「大相撲漫画」を題材に、とびきりの変わりダネを紹介したい。
■相撲界の壊し屋!『ああ播磨灘』 作:さだやす圭
好成績で昇進した新横綱・播磨灘。その記念すべき初日に播磨灘は、なんと仮面をかぶって土俵入りした。さらに満場の客席に向かって「双葉山の69連勝を抜く」「一度でも負けたら引退」と豪語する。予想を超えたパフォーマンスに色めき立つファンや関係者の前で、播磨灘の圧倒的な連勝伝説がはじまった……。
破天荒な大相撲漫画といえば、真っ先に思い浮かぶのがテレビアニメ化もされた『ああ播磨灘』ではないだろうか。バブル期の80年代後半に連載スタートした本作は、とにかく景気よく豪快。苦戦することはあっても敗北することのない最強力士がライバルたちを次々にねじ伏せていく。物語の最初から最後まで常に主人公がナンバーワン。むしろ敗れ去っていく敵側のドラマに感情移入しやすいという点は、同時期にスタートした格闘漫画『修羅の門』と似ている。
相撲協会の掲げる伝統と格式を真っ向から否定し、あまつさえ善戦して破れた敵力士に暴言を投げつけるなど、播磨灘は容赦ない。だが全28巻におよぶ長期連載のなかで「土俵は力士の聖域。土俵内で力士は最強であらねばならない」という信念は一貫しており、実際に彼を慕って集まる人も多かった。単にイロモノや傍若無人な力士ではなく、自他ともに厳しい力士として描かれた播磨灘の姿は魅力的だ。パワフルな取組シーンも合わせ、読者を楽しませてくれる。
なお余談だが、久しぶりに読み返してみたら八百長問題で話題になった「星の貸し借り」という言葉が普通に出てきたり、不祥事の責任をとって本場所が開催中止になったり……20年後の相撲界を暗示するような描写も多く驚かされてしまった。
■夜の横綱!『どす恋ジゴロ』 作:平松伸二
細身の体と甘いマスクで人気の関脇・恋吹雪。相撲を芸事だと割り切って飄々としている彼には、ある伝説があった。いわく「恋吹雪と夜を共にした女は艶(つや)を取り戻す」と。女優、ミュージシャン、極道の妻……さまざまな悩める女たちが、彼のもとへ引き寄せられていく。
この作品は大相撲という真剣勝負の世界を描きながら、連載時期がバブル崩壊後のいわゆる“失われた10年”に重なるためか、あまり勝敗そのものにガツガツ飢えていない。主人公の恋吹雪からして「相撲取りはただ強いだけではいけない。俺は磨いた芸でお客さんを魅せる」と言い放つほどだ。このへんの相撲哲学は先に紹介した『ああ播磨灘』と対極にあるといえる。
ストーリーは一話完結が多く、良い意味でパターン化されている。まず悩む女性が登場→恋吹雪の噂を聞く→夜を共にして艶を取り戻す→ヤクザや格闘家など邪魔者が登場してピンチ→土俵の内外でバトル→恋吹雪が勝利して大団円 といった具合だ(もちろん変則パターンも多い)。他人の悩みを主人公が特技で解消するというのは『美味しんぼ』をはじめ定番のストーリーだが、それを相撲で、しかもジゴロ系の主人公でやろうという発想はなかなか凄い。
基本的に勝敗にはこだわらない主人公だが、戦い方に美学がない者、女性を虐げる者には一切の遠慮がなく、ただの軟派力士で終わっていないのも良い。『ドーベルマン刑事』『ブラック・エンジェルズ』などアクション作画に定評がある作者だけに、取組シーンの迫力もかなりのものだ。
全4巻と手ごろなボリュームで、人情・お色気・アクションがうまく配置された意外な良作である。
■ミサイル全弾発射!『五大湖フルバースト』 作:西野マルタ
日本から大相撲が伝えられ、国技となった未来のアメリカ。“技の横綱”と称えられた名力士・五大湖は病気に体をむしばまれ、それでも土俵に立つため狂気の科学者に魂を売った。頭部以外を異形のメカに変えて、神聖な土俵を蹂躙していく五大湖。困り果てた相撲協会は、守護神として眠り続ける“伝説の横綱”を蘇らせた。技 vs 伝説、白熱する2人の横綱対決は意外なドラマを見せることになる……。
実は今回、もっともオススメしたいのはこの作品だ。『ああ播磨灘』『どす恋ジゴロ』ほどメジャーな作家ではないし、全2巻のコミックスもつい最近出たばかり。知名度は低いだろう。が、近年まれに見る怪作だと言ってもいい。
あらすじから分かるとおり世界観は非常にエキセントリック。アメリカの国技が大相撲になっていて、サイボーグ化された力士が変形・飛行・ミサイル発射、石像になった守護神(伝説の横綱)がキリストのごとく蘇る……もう最初は何がなんだか理解できない。しかし読み進めていくと、これらのギミックは単なる前フリに過ぎないことが分かる。本作のテーマは“家族愛”だったのだ。
捨て子から大横綱にまで上り詰めた五大湖は、土俵に専念するあまり妻子に冷たい仕打ちを続けてきた。その後悔はサイボーグ化してからも彼の脳裏に深く残っていた。やがて伝説の横綱と無心で戦ううち、自分を拾って育ててくれた親方や、愛する息子との絆を思い出していく五大湖。そこから先はもうラストまで感動一直線である。
ケレン味の効いた設定と肉弾相打つ取組シーン、そして絶妙なストーリー構築。なにげに画力のレベルも相当に高い。いつ実写映画化されてもおかしくないポテンシャルを秘めていると感じる。胸にズシンと響く相撲漫画が読みたいという人には、現在これをイチオシしたい。
以上、心・技・体のバランスが色々こんがらがって偏った、だけど不思議とおもしろい大相撲漫画3タイトルを紹介してきた。たまにはこうした伝統と格式を吹っ飛ばす作品を読みつつ、漫画という表現方法のフリーダムさを味わってもらえればと思う。