ビル・マーレイ主演の『ヴィンセントが教えてくれたこと』とアル・パチーノ主演の『Dearダニー 君へのうた』が公開中。どちらも老優の存在感と脚本のうまさで楽しませてくれる。
『ヴィンセントが教えてくれたこと』は、独り暮らしの偏屈な老人ヴィンセント(マーレイ)と母親(メリッサ・マッカーシー)と二人で隣に引っ越してきた12歳の少年(ジェイデン・リーベラー)との間に友情が芽生えていく様子を描いた“年の差”バディ(相棒)ムービー。
マーレイは、『恋はデジャ・ブ』(83)『3人のゴースト』(88)『ブロークン・フラワーズ』(05)など、毒舌で一筋縄では改心しない憎々しい役柄を演じさせたらピカイチの俳優。
本作のヴィンセントはそうした彼のおはこともいえるキャラクターの延長線上にある。作り手にとっては、彼を起用することで主人公の改心前後のギャップの大きさや面白さが描けるという利点がある。原題の「聖人ヴィンセント」にひねりが効くのもマーレイの存在があればこそだ。
本作の監督、脚本は新人のセオドア・メルフィ。孤独な老人を中心に、少年とシングルマザー、移民のストリッパー(ナオミ・ワッツ)といった弱者たちが、最後には共同体となっていく変化を心地良く描いている。
『Dearダニー 君へのうた』は、自らの音楽活動に限界を感じている老ロックスター、ダニー・コリンズ(パチーノ)のもとに、43年前にジョン・レノンが彼に向けて書いた手紙が届く。ダニーは愛と人生を取り戻すべく、一度も会ったことがない息子のもとを訪れるが…という、スターの気まぐれから始まる人情劇。
ジョンが面識のない新人ミュージシャンを励まそうとして書いた手紙が、巡り巡って数十年後にようやく本人に届いたという事実を基に、一本の映画として創作した監督、脚本のダン・フォーゲルマンの腕前はなかなかのもの。中でも、まるで落語の落ちを思わせるようなラストシーンが見事だ。
ダニー役は、1970年代からギラギラとした個性を武器に活躍し、今や75歳となったパチーノの年輪やキャリアが生きる役柄。実際、ダニーの若き日の写真には映画スター、パチーノ自身のものが使われている。
またパチーノが、息子役のボビー・カナベイルはもとより、マネジャー役のクリストファー・プラマー、アネット・ベニングといった大ベテランたちと繰り広げる丁々発止の掛け合い演技も楽しい。
フォーゲルマンは「セカンドチャンスを手に入れようと頑張る人たちを描きたかった。最近この手の映画が少なくなってきているからね。映画を愛する洗練された観客のためにこの脚本を書いた。笑わせて泣かせる大人のための映画だ」と語っている。バックに流れるジョンの名曲も聴きものだ。(田中雄二)