水谷八重子 撮影:川野結李歌

フランス歌謡・シャンソンの深みを味わえる「レジェンドたちのシャンソン 2019シリーズ」が今夏を彩る。錚々たる面々が集う同コンサートを牽引するひとりが、1955年8月5日の新派公演にて水谷良重の名で初舞台を踏んだ同日、「ハッシャ・バイ」でジャズ歌手デビューも果たした当代・水谷八重子だ。

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「“あたし”の歌の育ちには終戦が絡んでいますからアメリカが優先で、しばらくの間、シャンソンは食わず嫌いでした」と振り返る。同ジャンルに傾倒したきっかけは、日本を代表するシャンソン歌手・越路吹雪だった。越路といえば、元宝塚歌劇団トップスターにして、希代のシャンソン歌手エディット・ピアフの伝道師。八重子は越路の公私においての「人間力」に惹かれたと眼を細める。加えて、日本におけるシャンソンの浸透については「岩谷時子先生のお力ね」と懐かしむ。岩谷は名作詞家かつ訳詞家のみならず、越路のマネージャーでもあった人物だ。八重子いわく「越路のお姉と岩谷先生は、日本のお客様の前で歌うんだから、どこの国のものでも日本語で伝えなければというのが信念。私もできるだけ言葉と、言葉の裏にある気持ちを伝えたいという思いでコンサートに臨んでいます」

そんな八重子が今回、ソロナンバーとして披露するのは『人生は過ぎ行く』、『愛の讃歌』、『夢の中に君がいる』、『サン・トワ・マミー』、『ラストダンスは私に』、『兵士の別れ』の5曲。それぞれ副題に、18日は「~4人の巴里祭~」、19日は「~歌と朗読で綴る シャンドン・ド・パリ~」と冠され、異なるラインナップが用意されている。元宝塚歌劇団トップスターで女優の安奈淳とデュエットする『ろくでなし』も注目すべき1曲だ。通常、明るく歌われることが多い同曲だが、八重子は「実はとても悲しい曲。だって人から『ろくでなし』と言われたことで街から出て行かなければならないんだもの……でも今回は安奈さんとご一緒。役を交代するように気持ちも入れ替わり立ち替わりして歌えますので、楽しい『ろくでなし』になると思います」。

本公演に懸けるを思いを「歌の場合、相手役はお客様。ですから、どうぞいい相手役に出会えますようにと祈っています」と締め括りつつ、「『セックス・マッド』がやりたいのよ!」と同席したプロデューサーに談判。かつてフランスのレビュー・スター、ジジ・ジャンメールが日比谷公会堂で披露した際に八重子が感銘を受けた、キワドイ内容の曲だというから聴き逃せない。

細部にこそ魂が宿ると言われるが、一音にも同じことが。「越路さんは“歌詞に“わたし”とあっても、“あたし”って歌わないと色気がなくなるよ”と。折しも同時期、母(初代・水谷八重子)が“新派の芝居では、“わたし”って言っちゃ堅くなるからね。”……そんな奇遇を受けて、岩谷先生が新派のお芝居の曲を書き下ろしてくださった時、タイトルを“あたし”にしたこともあるのよ」。来年で芸能生活65周年を迎える希代の歌姫に出逢いに、ヤマハホールを訪れてみては?

取材・文:山田美穂