豊臣秀吉(小日向文世)が亡くなり、にわかに石田三成(山本耕史)と徳川家康(内野聖陽)の対立が表面化してきた「真田丸」。だがその裏では、静かに火花を散らす女性同士の戦いも繰り広げられていた。真田信幸(大泉洋)と離縁して正室から侍女になったこう(長野里美)と、政略結婚した正室の稲(吉田羊)が、共に信幸の子を産んだからだ。
今でこそ、真田家に欠かせない存在となったこうだが、実は開始当初、それほど重要な人物とは位置づけられていなかったようだ。演じる長野が、NHKの「スタジオパークからこんにちは」に出演した際、「最初は3月ぐらいまでの出演オファーで、その先はどうなるか分からなかった」と証言している。
そのためか、複数の出版社から出ている番組のガイドブックでも、登場が遅かった稲よりもこうの扱いが小さい上に、番組開始時点で既に稲が“信幸の正室”と明記されているものもある。
しゃもじすら持てなかった序盤の病弱キャラから、離縁後、侍女となってぐんぐん元気を取り戻し、遂には稲と競うように信幸の子を産むほどになるとは、視聴者だけでなく、作り手も想像していなかったのかもしれない。
連続ドラマでは、物語が進む中で、作り手の当初の想定を越えて登場人物が活躍する場合がある。これは、1話で完結する映画にはない特徴だ。特に、大河ドラマは1年にわたって物語が展開する分、その余地は大きい。こうは、その好例と言える。
その最大の功労者は、言うまでもなく長野だろう。大学在学中に人気劇団「第三舞台」に参加した長野は、同劇団の看板女優として活躍。1996年には、文化庁の海外研修でロンドンに1年間留学したほどの実力の持ち主。これまで積み重ねてきたそれらの実績が、第11回「祝言」で披露したコミカルな雁金(かりがね)踊りなどを生み、現在の活躍につながったに違いない。
一方の稲を演じる吉田も舞台出身。学生時代から約10年にわたって舞台で活躍し、現在の所属事務所にスカウトされたことをきっかけに、2007年から映像作品に進出した。今やあちこちの作品で引っ張りだこの人気女優だ。
大河ドラマは「江~姫たちの戦国~」(11)、「平清盛」(12)に出演歴があるが、長期の出演は「真田丸」が初めて。クールビューティーという言葉が似合うたたずまいを生かして、“チョウよ花よ”で大事に育てられた本多忠勝(藤岡弘、)の娘という気位の高い役を、嫌味になり過ぎない芝居で見事に演じている。素っ気ない態度で信幸を困惑させてきた稲が、こうとの関係に嫉妬してすがりつく第29回「異変」でのツンデレぶりは、自身の持ち味を逆手に取った名演だった。
京に上ることを拒む稲をこうが説き伏せる第27回「不信」、信幸の母・薫(高畑淳子)の出自を徳川家に密告しようとする稲の行動をこうが阻止する第28回「受難」など、短いながらも印象的な共演を見せてきた2人。信幸を悩ませた2人の子の問題も、第32回「応酬」で一応の決着を見た。
だが、関ヶ原の戦いから大坂の陣へと向かう物語と共に、真田家の運命も激変してゆく。その中で、対照的な2人の関係が、果たしてこのまま穏やかに推移するのかどうか。これからも目が離せない。
(ライター:井上健一):映画を中心に、雑誌やムック、WEBなどでインタビュー、解説記事などを執筆。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)