美濃部孝蔵=古今亭志ん生役の森山未來

 「日本人とオリンピックの歴史」を描いてきた「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」だが、並行して進む落語パートの中心となったのが、美濃部孝蔵(古今亭志ん生)役の森山未來だ。落語指導を担当した古今亭菊之丞が「森山さんは、一つの話を一度か二度の稽古で覚えてしまいました」と太鼓判を押した落語の場面は、回を重ねるごとに磨きがかかっていった。その集大成となった第39回「懐かしの満州」で、小松勝(仲野太賀)の最期に孝蔵の「富久」を重ねたクライマックスは、落語で物語をつづる本作の神髄を強く印象付けた名場面だった。

 なお、この第39回のほか、人見絹枝の活躍を描いた第26回「明日なき暴走」、第36回「前畑がんばれ」など、印象深いエピソードの数々を演出したのが、「モテキ」(10)、『バクマン。』(15)などで知られる大根仁監督。NHK外部からの参加だったが、もとをたどれば、この起用の裏には森山の存在があった。最初に大根を本作のチーフディレクター、井上剛に引き合わせたのが森山だったのだ。その経緯を語った森山自身の言葉を、以下に引用する。

 「阪神淡路大震災を題材にした『未来は今 ~10years old, 14years after~』(09)や『その街のこども』(10)を作った井上さんと『モテキ』の大根さん、この2人との出会いは、僕の映像に関わる人生の中でとても大きなものです。いずれも一緒に作ったという手応えのある作品で、2人をとても信頼しています。さらに当時、大根さんがブログで井上さんの作品を高く評価していたので、『この2人なら合うはず』と思って、僕が『3人で食事をしましょう』と誘いました」

 この出会いが「いだてん」という作品で実を結び、逆に森山が、大根と井上の2人から孝蔵役を依頼されることにつながる。つくづく人の縁というのは不思議なものだ。

 また、1年を通して大河ドラマに出演するのは今回が初めてとなった五りん役の神木隆之介は、その熱演がスタッフに支えられたものであったことを証言している。

 「カメラマンや照明や音声を担当するスタッフの皆さんも、五りんだけでなくそれぞれのキャラクターに対して愛情を持って接していることがものすごく実感できました」

 俳優陣の熱演の裏には、画面に映らないスタッフの存在があったことを忘れてはいけないだろう。

 個性豊かなキャラクターが多数登場した「いだてん」だが、中でも妙に印象に残ったのが、金栗四三(中村勘九郎)の幼なじみ“美川くん”こと美川秀信だ。演じたのは、「あまちゃん」(13)の“前髪クネ男”こと勝地涼。神出鬼没かつ予測不能な活躍は、再びその存在を視聴者の脳裏に焼きつけた。勝地自身「放送が始まってみたら『“前髪クネ男”じゃなくて“全髪クネ男”』だと言われ、妙に納得してしまいました(笑)」と語っているが、最後に姿を見せた満州(第39回)の後、美川くんがどんな人生を歩んだのか、気になるところだ。

 このほか、孝蔵の妻・おりんを演じた夏帆、孝蔵と共に浅草の街を走り回った清さん役の峯田和伸や小梅役の橋本愛、最終章となった第40回以降の東京オリンピック編では、田畑を支えた岩田幸彰役の松坂桃李や東龍太郎役の松重豊といった顔ぶれの好演も光っていた。

 ここに挙げたのは、膨大な登場人物の中のほんの一握りに過ぎない。だが、1年にわたって私たちの心を動かしてきた熱い物語を振り返るきっかけになれば幸いである。そして、「いだてん」を愛するファンが語り継いでいく限り、その輝きが失われることはないはずだ。(井上健一)