最終回まで残り3回となり、ついにクライマックスを迎えた「真田丸」。ネット上からは、「今年の大坂の陣は、豊臣の勝利で!」という歴史を改変した結末を期待する声も聞こえてくる。脚本を手掛けた三谷幸喜は、当初から「今回は、徳川方が負けて、家康が討ち取られるんじゃないか?と思えるぐらいの大坂の陣を描きたい」と語っていたが、まさに思惑通りの展開だ。
とはいえ、豊臣の勝利を願う視聴者は、果たして徳川家康の死を願っているのだろうか。その答えは「NO」という人が意外に多いのではないか。豊臣側の勝利を願いつつ、家康にも生き残ってほしい…そう思う視聴者は少なくない気がしている。「真田丸」の家康が、それほど魅力的な存在だからだ。
われわれ視聴者は、第1回「船出」から、真田信繁(堺雅人)の成長と同時に、家康が天下人に上り詰めていく過程も見守ってきた。第5回「窮地」で本能寺の変を知った時のろうばいぶりなど、後の天下人とは思えぬ臆病な姿に失笑した人も少なくなかったはず。
その異色の家康像については、演じる内野聖陽自身も「あまりの斬新さにびっくりして最初台本を落としそうになりました(笑)」(『2016年NHK大河ドラマ「真田丸」完全読本』(産経新聞出版刊)より)と語ったほどだ。
しかしそれが今では天下を統一し、堂々たるたぬきおやじぶりを発揮。第46回「砲弾」で、大阪城攻略のために次々と計略を巡らす家康の姿を、序盤から想像できた視聴者はいないだろう。
その裏には、自分で家康の年表を作成するなど、内野自身の努力があったことは言うまでもない。家康の側室・阿茶局を演じた斉藤由貴は、内野を「役者ばか」と呼び、撮影現場での印象を次のように語っている。
「徹頭徹尾、芝居のことしか考えていません。どうしたらこの役柄を深められ、面白くできるか、それしか頭にない。」(「真田丸」公式サイトのインタビューより)
そんな内野の熱演に加えて、俳優同士のチームワークの良さも、家康を語る上での見逃せない要素だ。本サイトのインタビューで斉藤は、一緒の場面が多い内野や重臣・本多正信役の近藤正臣との共演についてこんなことを語っている。
「誰かがせりふの練習を始めると、ジャズで楽器がだんだん重なってセッションになっていくのと同じように、いつの間にか自然と自主練習になる」と。
そんな良好な関係から生まれた名場面が第5回「窮地」の“伊賀越え”のくだりにある。本能寺の変を知った家康が、伊賀の険しい山道を越えて三河に戻る途中、家臣と一緒に握り飯を頬張る。ここで見せた本多忠勝と互いの口元に付いたご飯粒を取って食べるやりとりからは、家康と忠勝の強い信頼関係が伝わってくる。だが、忠勝を演じた藤岡弘、が「スタジオパークからこんにちは」に出演した際の話によると、これは藤岡のアドリブだったらしい。
内野の熱演と俳優同士のチームワークによって生まれた家康は、1年を懸けて天下人としての存在感と人間的魅力を併せ持つ人物へと成長した。そんな家康率いる徳川軍と幸村たち豊臣軍の決戦が、どのような結末を迎えるのか。残り3回の「真田丸」から一瞬たりとも目が離せない。
(ライター:井上健一):映画を中心に、雑誌やムック、WEBなどでインタビュー、解説記事などを執筆。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)