堤幸彦監督

 雫井脩介の代表作ともいえる同名小説を基にしたサスペンス映画『望み』。高校生の息子が消えたその日、同級生が殺され、幸せだった家族の日常は一変する。息子は犯人なのか、それとも、もう1人の被害者なのか…? 極限の家族愛が描かれる。「ケイゾク」や「TRICK」など、ギャグやギミックが満載のコメディーミステリーで名をはせる堤幸彦監督だが、64歳の今、深い人間ドラマを作り出すことに闘志を燃やしている。その真意とは? 新作映画『望み』に込めた思いや、撮影時のエピソードとともに聞いた。

-コロナ禍の今、10月9日に公開を迎えますが、今のお気持ちをお聞かせください。

 映画館にも観客にも大変な制約がありますが、上映できることは幸いです。延期になったり、オンライン上映になったり、映画それぞれの運命がありますが、この作品は映画館で見るために作りました。換気がいいことも実証されているので、ぜひ映画館で見てほしいです。

-自粛期間中はエンターテインメントの存在意義を考える時間にもなったのではないでしょうか。

 スマホで映画を見たり、曲を聴いたりすることが常識になった今、それに合うコンテンツを作るべきだし、同時に、映画館でしっかり見ていただける、質の高い、深い内容の作品を作っていくべきだと思いました。昭和30年代から映画館に通っていた僕にとって、映画館は祝祭的な特別な空間だったので、そんな、映画という文化の持つ独特の存在感を継承していかなければいけないと思っています。

-そんな熱い思いが込められた本作は、雫井さんが描く原作の世界が見事にスクリーンに再現されていて感服しました。

 雫井先生は、刑事・検察・裁判ものを緻密な筆で描かれる方なので、最初は、チャレンジしたい作家の作品だけれども、僕の実力で平気かな…? と思いました。でも、原作を読んで「家族」の話であることを知ると、僕も家族の一員だからやらなければいけないし、この映画を作らなければ次の作品作りに行けないと思いました。

-映画化するに当たり、一番大事にされたことは何でしょうか。

 原作には、息子が加害者なのか? 被害者なのか? というミステリーを核にして、それぞれの登場人物の気持ちがしっかり描かれているので、この気持ちを、きちんと役者の表情に乗せることができれば、強い作品になるという確信がありました。

-その確信通り、息子が、たとえ被害者だとしても、無実であってほしいと願う父親役の堤真一さん、殺人犯でもいいから生きていてほしいと祈る母親役の石田ゆり子さんの芝居が感動的でした。

 大変レベルの高い役者がそろっちゃいました(笑)。チケット代が何万円もする舞台を見ているかのような、心に迫る芝居が素晴らしかったです。堤さんは、映画『クライマーズ・ハイ』を見て感激したこともあり、ぜひ一度ご一緒したいと思っていました。せりふ一言にかける熱意や、考えにより、作品を高いところにまで押し上げてくれました。石田さんは、のほほんとした温かな人に見えますが、芯が強い方で、そこは物語の後半に十全に生かされたと思います。父のプライド、母の愛という、一番表現したかったところを、お二人は100パーセント表現してくれました。

-物語のキーパーソンとなる息子役の岡田健史さん、兄のことは大好きだが、自分の輝く未来が壊されることを恐れる娘役の清原果耶さんは、今最も期待される若手俳優ですが、いかがでしたか。

 岡田くんは残り香をつけていくのがうまいですね。振り返って、ほとんど何も言わずに去っていくシーンがありますが、これほど振り返る姿がセクシーで印象的な役者はなかなかいません。すごい存在感です。清原さんは天才的に上手で言うことがありません。カメラが回ると、こちらが演出したい部分をクリアした上に、その先にいくための質問を浴びせてくるので、「あっ、映画監督はその先まで指示するものなのか…」と気付かされました。いろいろな作品に引っ張りだこの理由が分かります。

-シーンの合間に差し込まれる風景映像も印象的でした。まるで物語の行く末を暗示しているかのようで…。

 もちろんそういう狙いはあります。今回、埼玉県所沢市を作品の舞台に設定して、東京都青梅市で撮影をしましたが、企画が決まると、すぐに、スタッフと車で所沢市内を1日中走り回り、感情表現のプラスになりそうなカットをどんどん撮影しました。使われたのはほんの一部ですが、「西武園ゆうえんち」周辺や、「所沢航空記念公園」、「ところざわサクラタウン」をはじめ、ほとんど使っていませんが(笑)、山の中の滝や、路傍の石、ガードの下の暗部なども撮影しました。

-“光”もとても効果的に使われていますよね。

 暗くて不幸なテーマ故に、きれいで美しい、光のある風景が胸を締めつける効果を持っています。「ここで光を入れてほしい」という指示は出していませんが、テクニカルチームがあうんの呼吸で入れてくれました。

-先ほどのお話では、家族を描いた作品作りに対して使命感をお持ちのようでしたが。

 60代も半ばに入り、家族を含めて人間の心模様をテーマにした作品にシフトしなければいけないと感じています。あと何本の作品に出会えるか分からないですし、1本1本を大事にしたいです。

-監督の代表作と言えば、「ケイゾク」や「TRICK」といったコメディーミステリーが挙げられますが、これらの人間描写も丁寧に描かれていて、ある意味“人間ドラマ”だと感じながら見ていました。

 そうですね。犯人が一番人間的であったり、逆にキャラクターとして存在している主人公が、たまに人間的なところを見せると、それが効果的に映ったりしますよね。そうやって、今までは僕が作った箱庭の世界でうごめく人間たちのドラマを作ってきましたが、今後は、戦争や事件、事故など、実際のエピソードにフォーカスを当てた人間ドラマを作っていきたいです。

-そのように監督を突き動かしているものは何でしょうか。

 学生の頃、世の中に矛盾が多いことに気付く瞬間が何度もあり、青春独特の潔白さというか、世の中を正すべきではないか…という思いで、学生運動に参加したこともありました。その頃のフィルターで見た社会の構造は、50年たった今も変わらない気がします。そんな、世の中の不条理や、みんなが見過ごしているものに対して、今ならもっとシニカルに、うまく世に訴えることができるんじゃないかと思っています。

-今後の作品も楽しみにしています。最後に読者にメッセージをお願いします。

 映画『望み』のどこかに、皆さんがいらっしゃると思います。それぐらい、どなたさまの心にも刺さってほしいという気持ちで作りました。ぜひご覧ください。

(取材・文・写真/錦玲那)