大竹しのぶ、(後列左から)高橋克実、段田安則、風間杜夫

 昭和20年、終戦直後に森本薫が書き下ろし、杉村春子が初演した「女の一生」。杉村は、その生涯で、947回にわたって主人公の布引けいを演じ、観客から圧倒的な支持を得た。今回、その布引けい役に大竹しのぶが初めて挑む。段田安則が、けいが拾われる堤家の長男・伸太郎役を演じるとともに、演出も担当。堤家の次男・栄二を高橋克実、伸太郎や栄二の伯父・章介を風間杜夫が演じる。大竹、高橋、段田、風間に、公演への思いを聞いた。

-明治・大正・昭和という、激動の時代を強く生き抜く布引けいの一生を描いた本作ですが、令和の今、公演することについてどう考えていますか。

段田 新型コロナウイルスの世界的な流行という初めて経験する事態の中での公演で、さまざまな思いはありますが、過去を振り返れば、戦争で生きるか死ぬかという時代もありました。布引けいは、まさにそのような大変な時代を生き抜いた女性です。コロナを経験した今だからこそ、布引けいの人生がより浮かび上がるのではないかと思っています。

大竹 人生には想像もしていないことが起こります。一般市民からしたら、戦争もまさにそうです。この物語の中では、第1次、第2次世界大戦に巻き込まれていくけいたちの姿も描かれていますが、けいは、その中でも前を向いて生きてきました。コロナは戦争ではありませんが、同じようにみんながさまざまな思いを抱えて生きている今だからこそ、ぜひ劇場で生の声を聞いてほしいなと思います。

高橋 まさに、今のコロナの状況とリンクする物語だと思います。この物語の最後に、栄二が焼け野原を見て、「ひどい目に遭ったけれど、新しいこれからの世の中を見てみたいんだ」と前を向くシーンがあります。マイナスばかりを見ていても仕方ない。少しでも前に向かって歩いていくしかない。そんな気持ちを表すシーンですが、この芝居を見たお客さんが、少しでも自分の未来に希望を持てたらいいなと思います。

風間 僕は、2009年と2011年に、新派公演の栄二役でこの作品に出演しました。そのときも、東日本大震災が起こり、日本全国の人が心をふさがれるような思いをしていた時期でした。当時、全国で公演させていただいたのですが、そのときのお客さんから、「芝居には力がある、明日に向かってさらに生きよう」という思いを感じられました。今、またコロナという大変な災害の中、この作品を上演することで、見た方の心に届くものになるのではないかと思います。

-段田さんは、今回、演出も担当されますが、けいをどのように見せていきたいですか。

段田 女の一代記というと、若い頃から女の子がいじめられながらも頑張って、その努力が実って成功するという物語が多いのですが、この本は、それだけではない、けいという人間の影の部分もしっかりと描かれているんです。それは、時代や環境がそうさせている側面も大いにあるとは思いますが、良い部分だけを描いているのではないからこそ、魅力的だと感じました。大竹さんは、素晴らしい感性を持っていらっしゃるので、僕が言うまでもなくきっと魅力的に演じてくださるのだろうと思いますが、そういったけいの陰と陽を見せていきたいと思っています。

-それぞれの役柄について、どんな点を大切に演じたいですか。

大竹 なかなか巡り合えない、素晴らしい本だなとやればやるほど思います。杉村さんが昭和20年から始めて、40年以上も掘り下げていったものです。そのぐらいすごい戯曲なんだなって思います。一言一言がじんわりとお客さんの心に染みわたっていく作品になればと思います。

高橋 僕の演じる栄二は、(劇中では)19歳から59歳までが描かれます。今、僕は59歳なので、実年齢と同じ年齢の役柄を演じるわけです。若い年齢から、この年まで、どうやって演じていくのかが課題です。特に、昔の方は今よりも落ち着いている方が多いと思うので、時代に合わせてどう寄せていくのかというのは、意識していきたいです。

風間 章介おじさんは、めいっ子、おいっ子たちがかわいくて仕方がないんです。それから、けいに対しては、経営上手なできる女という以上に、1人の女性としても魅力を感じていたんだと思います。それはもちろん、最後まで言い出せないのですが、目を開かされたところがあったんだろうな、と。それも含めて、堤家をこよなく愛している、大変魅力的なおじさんだと思って演じたいと思います。

-本作を見たお客さんにどんなことを伝えたいですか。

段田 芝居を見て元気を出していただきたいとか、希望を見いだしていただきたいと言っても、ありふれた言葉でしかないとは思いますが、生きてさえいれば、次の手立てが見つかって、希望も見えるんだと僕は思っています。この物語でも、まさにそのようなせりふが出てきます。(困難な状況で前を向くことは)簡単なことではないですが、この舞台を見て、頑張ろうと思っていただければ幸いです。

大竹 シェークスピアの時代にも、同じように世界中を震撼(しんかん)させる疫病がはやったことがあったそうです。そのとき、シェークスピアは、劇団のことを考えて郊外に避難し、そこで「マクベス」の「明けない夜はない」というせりふが生まれたと本で読みました。今、私たちも、現実を受け止めて前を向くしかないと思っています。お客さまは不安を抱えながら、それでも劇場で見たいと思って来てくださるので、来て良かったと思ってもらえる芝居を今だからこそ作らなくちゃいけないと思います。

高橋 コロナのことももちろんそうなのですが、それだけでなく、あちこちに心に刺さるせりふがあります。どこの家庭にもあるような悩みや、日常が描かれているので、きっと皆さん、どこかに共感できると思うんです。家族とのつながりとか、仕事の失敗とか、誰もが持っているような悩みも出てくるので、それを見て、みんな同じなんだなと思ってもらえたらいいのかなと思います。主人公のけいも、「なんでこうなったんだろう」と言いながらも、乗り越えて生きていきます。生きるってきっと、そういうことなんです。ああ、自分もこうだったな。自分も頑張ってきたんだなと思ってもらえたらと思います。

風間 この作品の稽古で、僕、泣いてしまったんですよ。泣けて泣けて仕方なくて…。センチメンタルな意味ではなく、泣きたいときは思い切り泣いた方がいいと思います。それで、錯覚でもいいから、ちょっと前向きに生きてみようかなと思ってもらえたら。きっとそう思える舞台だと思います。大きな感動が、なんて、そんなことまでは期待していません。錯覚でいいから、ここから心構えも新たに始まるんだと思ってもらえたらうれしいです。

(取材・文・写真/嶋田真己)

 舞台「女の一生」は、11月2日~26日に、都内・新橋演舞場で上演。
公式サイト https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/enbujyo_20201031/