NHKで好評放送中の大河ドラマ「麒麟がくる」。11月1日放送の第三十回「朝倉義景を討て」では、織田信長(染谷将太)が美濃の隣国・越前の朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)との合戦を決断する過程が描かれた。
その決め手となったのが、「帝の許しを得る」という離れ業。信長がこれを思いついたのは、明智光秀(長谷川博己)の進言がきっかけだが、その進言の裏には、久しぶりの登場となる信長の妻・帰蝶(川口春奈)の一言があった。それをここで振り返ってみたい。
信長がいる美濃の岐阜城を訪れた光秀は、松永久秀(吉田鋼太郎)、三淵藤英(谷原章介)と再会し、「信長が朝倉との合戦を計画しているが、現状では単独で戦わざるを得ない」との話を聞く。その直後、「殿がお呼びでござります」と呼び出される光秀。だが、案内された部屋にいたのは、信長の嫡男・奇妙丸(柴崎楓雅)と帰蝶だった。
そこで旧交を温めつつ、信長が迷っていると聞いた光秀は、信長のもとへ向かおうとして立ち止まり、帰蝶に「帰蝶さまは、朝倉との戦をどう思われますか」と尋ねる。
これに対して帰蝶は、朝倉との小競り合いが続いていることを踏まえて、「京が一時穏やかになったとて、足元の美濃に火が付けば、全てまた、一から始めねばなりますまい」と語った後、光秀にこう告げる。「それ故、私は申し上げました。朝倉をお討ちなされと」
その後、信長と対面した光秀は「朝倉相手に、独りでは勝てぬ。何か良い手はないか」と尋ねられ、信長が御所の壁を修復した件を糸口に、話を巧みに誘導。信長に“帝との拝謁”を発案させる。
仮にこのとき、帰蝶との再会がなく信長との対面が描かれていたら、帝の話を切り出す光秀の姿に説得力が出ただろうか。三淵から「将軍・義昭は参戦しない」と聞かされた直後だ。迷う姿が妥当だったはず。だがそこで、同じ美濃で育った幼なじみの帰蝶が「朝倉をお討ちなされ」と言ったと聞けば、光秀の気持ちも動かざるを得ない。つまり、帰蝶との再会は、光秀の背中を押す重要な場面だったと言える。
計算通り話は運び、正親町天皇(坂東玉三郎)への拝謁を許された信長は、勅命を得て「若狭の武藤氏を討つ」という名目で朝倉討伐に乗り出す。その一方で、誤算もあった。
光秀は当初、帝の許しを得て大義名分が立てば「諸国の大名たちも納得いたし、兵も集まりましょう」と信長に語っていた。だが、「帝の勅命は、天からのご命令であり、幕府も総出で、若狭の武藤を討つべき」と信長の言葉を伝えたところ、足利義昭(滝藤賢一)は戦を許可しつつも、「わしは戦は好まぬ。戦があれば、和議の仲立ちをいたすのが、将軍の務めと思うておる。この都にとどまり、吉報を待つ」と参戦を拒否されてしまう。
その結果がどう出るのかは、次回以降のお楽しみ。とはいえこの回は、ここしばらく描かれてきた、「将軍・義昭に仕える幕臣であると同時に、信長の信頼も厚い」という人物像に、“美濃出身”という一面を加えることで、光秀の存在感が際立つと同時に、ストーリーも鮮やかに展開。その要となったのが、久しぶりの登場となる帰蝶だった。
勅命であるにもかかわらず、義昭の参戦拒否という想定外の事態に遭遇した光秀。帝の存在を意識し始めたその胸中に、この事態はどんな影響を及ぼすのか。また、信長も、将軍を通さず、直に勅命を得たことで、幕府に対する姿勢が変わっていくのか。図らずも、帰蝶の一言が発端となり、浮き彫りになった帝を巡る光秀、信長、義昭のすれ違い。波乱の予感がする。(井上健一)