武田との戦(いくさ)に備える今川の陰謀により、井伊家に取り潰しの危機が迫った第31回「虎松の首」。だがそれは、同時に直虎(柴咲コウ)たちが築き上げた井伊家の結束の強さを証明する場ともなった。隠し里に逃れた一族の前で、直虎が小野政次(高橋一生)と通じ合っていたことを打ち明けた時の温かな反応に、グッときた視聴者も多いに違いない。これは、登場人物たちの魅力が見る者に浸透した証と言えるだろう。
登場人物を魅力的に見せるために必要なものは、大きく分けて二つある。まずは、ストーリーに沿ってキャラクターを引き立てる脚本。もう一つは、演じる俳優たちの芝居だ。その両方が効果を発揮した代表的な例が、直虎に仕える中野直之と奥山六左衛門だ。
当主の座に就いた直虎に反発していた当初、直之は怒ってばかりいる直情的な人物、六左衛門は真面目だが今一つ気弱で頼りない…そう見えたはずだ。だが、今では2人とも直虎にとって頼りになる家臣。そうなる上で、それぞれ転機となったエピソードがあった。
直之の場合は、第15回「おんな城主 対 おんな大名」。今川から呼び出された直虎の危機を救おうとする百姓たちの心意気に動かされ、襲撃を受けた場面に間一髪で駆けつける。さっそうとした登場に加え、演じる矢本悠馬自身「初めて」と語った殺陣も鮮やかで、武芸に秀でたキャラクターを強く印象付けた。井伊谷に帰還した直虎を迎えるやや照れたような笑顔も以前とは対照的で、理解し合った様子が伝わってきた。
一方、六左衛門の転機は第14回「徳政令の行方」。百姓たちの借金を軽減するため、勝手に所領を貸主の瀬戸方久(ムロツヨシ)に与えた直虎に反発したものの、「将来の井伊のため」という思いを知り、考えを改める。やがて、百姓たちの心をつかんだ直虎が田植えをする姿を目にした六左衛門は、感極まって駆け寄り、泥まみれになってこう告げる。
「それがしは、武術はからきしにございます。…(中略)…故に、せめて苗の植え方ほどは、これからの井伊のため、覚えとうございます!」
演じる田中美央自身も印象に残っていると語るこの場面の後、材木の切り出しなど、六左衛門は内政面で活躍するようになる。
そして第31回、三河に逃れる虎松を守って旅立った六左衛門を見送る直虎と直之のやり取りも、味わい深かった。
「武蔵坊弁慶とは、あんなふうであったのかのう?」
「武蔵坊弁慶を愚弄されておりますのか?」
危機に直面してこう言い合える安心感は、これまでの積み重ねあればこそだ。
この他、内気な虎松(寺田心)の成長を描いた第17回「消された種子島」、年老いた直虎の乳母たけから姪の梅(梅沢昌代・二役)への交代劇を涙と笑いでつづった第24回「さよならだけが人生か?」など、森下佳子の見事な脚本には毎回うならされる。
その脚本に応える俳優陣も素晴らしく、それぞれのキャラクターが際立っている。「花子とアン」(14)や『ちはやふる』二部作(16)などで三枚目キャラの印象が強かった矢本は、直之役で二枚目も演じられることを広くアピール。これまでほとんど映像作品に出演したことがなかった田中は、温かみあふれる懐の深い芝居で、その存在を強く印象付けた。
本作には他にも、ひょうひょうとした南渓和尚(小林薫)や武芸に秀でた僧侶・傑山(市原隼人)など、魅力的な人物が数多く登場している。彼らに目を向けることで、多くの人々が息づくドラマの面白さがより深く味わえるはずだ。(井上健一)