誰でもわかる「俳優 木村拓哉」の素晴らしさが記録された『A LIFE』7話

<A LIFE>

木村拓哉の演技をすべて見ているわけではない。だが、こう思わずにはいられない。

これは、彼の長いキャリアのなかでも、最良の演技なのではないか?

ドラマ『A LIFE 〜愛しき人〜』第7話は、木村の表現を見つめてきた者にとって、至高の一瞬の連続だった。

そして同時にこうも思う。

この芝居を目の当たりにすれば、もう誰も金輪際、「キムタクは何をやってもキムタク」とは言えなくなるのではないか。

木村拓哉は非常に高度な次元で芝居を繰り広げてきた革命的な俳優でありながら、そのイノベーションが十全に評価されてきたとはとても言えず、それどころか謂れなき誹りを長いこと受けつづけてきた。

この件については一昨年、本サイトで全3回にわたって論考しているので、ここでは省略するが、とにかく「キムタクは何をやってもキムタク」なる暴論は、ただの思い込みとしてのイメージ先行にすぎず、論拠などどこにもなかった。

いささか乱暴な物言いをすれば、『A LIFE』7話には、誰でもわかる「俳優 木村拓哉」の素晴らしい芝居が記録されていた。その強度は、「スター 木村拓哉」しか視界におさめようとしない意固地なひとびとの偏見さえも、柔らかくカーブさせるものがあったと信じる。

『A LIFE』を通じて出逢う“木村拓哉のひとり芝居”

<A LIVE>

脳腫瘍を患った元恋人、深冬(竹内結子)。彼女の夫で親友の壮大(浅野忠信)に託され、非常に困難と思われる手術方法を、沖田(木村拓哉)はどうにかして探り当てようとしていた。

「準備の人」である沖田は、自身の部屋で、ひとりで考えつづける。鮨職人である父、一心(田中泯)が「鮨は仕込みがすべて」と言うが、沖田にとっても手術はそのようなものだった。

このドラマには、沖田がひとりで考えているシーンが多い。彼は、医学書やパソコンに向き合い、医学データや論文を吟味し、「不可能」を「可能」にする。

「大丈夫には理由がある」と彼は言う。沖田にとって手術法は、「大丈夫」な「理由」を発見することに他ならない。

己と向き合う。決して諦めずに、模索する。考えて、考えて、考える。これまでも、たったひとりのシーンに素晴らしい表情があった。

つまり本作は、木村拓哉のひとり芝居に出逢うという意味でも意義深い。

その中でも最高峰と呼ぶべきは、7話で、深冬の手術方法をついに発見したときの沖田の顔。これは、日本映像史が後世に伝えていくべき顔である。

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