(手前)渋沢栄一役の吉沢亮、(左奥から)平岡円四郎役の堤真一と徳川慶喜役の草なぎ剛

 自分たちを見いだしてくれた平岡円四郎(堤真一)に頼み込み、ようやく実現した徳川慶喜(草なぎ剛)との面会。その場で栄一(吉沢亮)は、「自分たちのような志士をさらに召し抱えて、一橋家に力をつけてほしい」と、仕官に対する思いを、いとこの喜作(高良健吾)と共に力説する。

 ところが、勢い余って「それにもし、幕府を倒すことになったとしても…(中略)…そのときこそ、この一橋が天下を治めるのです!」と口を滑らせ、ハッと気づいたところで、ばつが悪そうに振り上げた拳を下ろす…。

 一方、その様子を黙って見ていた慶喜は、栄一の話が終わると「話は終わったようだ。出るぞ」と一言も語らず、円四郎を伴って部屋を出る。

 5月16日に放送された大河ドラマ「青天を衝け」第十四回「栄一と運命の主君」で、栄一がついに慶喜に仕えることとなった。この仕官をめぐって、乗馬中の慶喜を呼び止めた初対面(第一回冒頭と同じ)に続き、慶喜の屋敷で繰り広げられたのが、2人のこのやり取りだ。

 勢いに乗って熱弁を振るう栄一と、それを淡々と聞く慶喜。全くかみ合わないその様子に正直、はしごを外された思いがした。待ちに待った2人の初対面。どんな胸アツの場面になるのかと、勝手に期待していたからだ。

 とはいえ、これは史実らしいのでやむを得ないところ。その上で、部屋を出た後、慶喜が円四郎に「そなたとの出会いを少し思い出した」と、栄一に円四郎の面影を重ね、認めている様子を表現するあたりが脚本の妙だ。

 しかし同時に、そのはしごの外し具合が、今後への期待を高めてくれた。この後、2人は生涯にわたる堅い絆を結ぶわけだが、今の時点では互いを知らず、立場も思想もまだまだかけ離れている。

 ネタバレ的な話で申し訳ないが、史実では、慶喜が亡くなった際、栄一がその葬儀委員総裁を務めたと言われる。かみ合わない2人が、幕末の荒波の中で、それほどの信頼関係をいかに築き上げていくのか。今後の大きな見どころと言える。

 そしてもう一つ、期待を高めてくれたのが、栄一役の吉沢と慶喜役の草なぎの対照的な芝居だ。喜怒哀楽が明確で、「おしゃべり」な栄一の個性を存分に披露した吉沢。熱弁を振るううち、どんどんテンションが上がっていき、最後はやり過ぎた…と反省するさまを、長ぜりふの中で表現したその芝居は、まるでこれまでの集大成のようだった。

 これに対して、そんな吉沢の熱気に当てられることなく、何を考えているのか分からない淡々とした表情の慶喜も、まさに草なぎの真骨頂。初対面では、それぞれの培ってきた芝居がすれ違うことで、2人の距離感の遠さを際立たせてくれた。

 だが、撮影が長期にわたる大河ドラマには、次第に役者同士の関係性が変化していく面白さがある。芝居を重ねる中で互いの距離感が縮まり、「今までの積み重ねがあったからこそ生まれた」と思える場面がどこかで必ず出てくるのだ。

 前作「麒麟がくる」の長谷川博己(明智光秀役)と染谷将太(織田信長役)の関係などは、その好例だ。今回は栄一と慶喜同様にかけ離れた芝居を見せた吉沢と草なぎの間でも、いずれは、そんな見る者の心を動かす息の合った芝居が生まれるに違いない。

 栄一と慶喜がいかに終生にわたる絆を結び、その物語の中で、吉沢と草なぎの間でどんな化学反応が生まれていくのか。栄一の言葉を借りるならば、その期待感はまさに「ぐるぐるする」だ。第十四回は、そのスタート地点だったと言えるのではないだろうか。(井上健一)

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