今年もいよいよ始まった映画の世界的イベント、東京国際映画祭(TIFF)。

そのメイン・プログラムは世界の才能が最新作でグランプリをかけて 激突する「コンペティション部門」だが、第30回の節目となる今回も、2017年1月以降に完成した世界88 ヵ国、1538本の珠玉の長編の中から厳選された15本がエントリー。

プログラミング・ ディレクターの矢田部吉彦さん

どれも力のある作品ばかりだが、 今年は特にどんな映画が集まったのか?  これまでとは違う大きな傾向はあるのか? といったことから、 各作品の見どころ、そして、 映画祭ビギナーの人はどれを観たらいいのか?  といったところまで、プログラミング・ ディレクターの矢田部吉彦さんにお聞きしました。

東京国際映画祭コンペティション作品、今年の傾向は?

最初に今年の傾向を聞いてみました。

すると、矢田部さんから「昨年、 一昨年あたりは難民問題や貧困問題など社会状況を描く作品が多か ったですが、今年は個人の生き方や生き様、 内面に迫る作品が増えましたね」と興味深い返答が。

「 これは昨年の終わりごろから今年にかけて世界の映画祭を回ったと きにも感じた印象ですが、 混迷する社会状況の中で個人はどう生きていくべきなのか?  といったところに作家たちの視点が向いてきているような気がしま す」

そして、少し間を置いて、

「今年のラインナップは『女の生き様・男の生き様』というサブ・ タイトルをつけたくなるぐらい、 個人が際立った作品が多くなりましたね」と明言してくれました。

また、エントリー作品にもちょっとした変化があるとのこと。

「 国やジャンルはなるべくバランスをとるように選定していますが、 今年は欧州寄りのラインナップで、 アメリカ大陸の作品がエントリーできなかったのが少し残念です。

その代わり、 なかなか観ることのできないルクセンブルグという国の映画『 グッドランド』(ドイツ、ベルギーとの合作)、 映画祭業界的にはいま最も注目されている新勢力の国ジョージアの 映画『泉の少女ナーメ』(リトアニアとの合作)やカザフスタンの 映画『スヴェタ』をワールド・ プレミアでピックアップできて本当によかったなと思っています」

というところで、ここからはそれぞれの作品の見どころ、 魅力に迫ってもらいましょう。

フォトギャラリー『東京国際映画祭2017』注目作品を写真でさらに見る
  • 『ポーカーの果てに』©Bluff Films
  • 『サッドヒルを掘り返せ』 ©Zapruder Pictures 2017.
  • 『アイスと雨音』 ©「アイスと雨音」実行委員会
  • 『Have a Nice Day』©2017 Nezha Bros. Pictures, Le-Joy Animation Studio
  • 『グッドランド』 ©Les Films Fauves - Novak Prod - Bauer & Blum - ZDF/Arte - 2017

「女の生き様」部門の注目作9本

『マリリンヌ』

主演のアデリーヌ・ デルミーがとにかく素晴らしい『マリリンヌ』

前記の通り、今年は「女の生き様・ 男の生き様」を描いた作品が多いようだが、「女の生き様」 部門の注目作はフランス映画『マリリンヌ』だという。

「『マリリンヌ』 は女優志願の若い女性が果たして女優になれるのか?  に密着した作品ですが、舞台で経験を積んだ主演のアデリーヌ・ デルミーがとにかく素晴らしいですね。

監督のギヨーム・ ガリエンヌは主演と監督を兼任した『不機嫌なママにメルシィ!』 (13)が記憶に新しいですが、今回は演出に専念していて、 女優の世界を知り尽くす彼女だから描けた等身大の女性の姿が実に リアルに映し出されます。 特にラストに向かっていく展開が見事ですし、あのバネッサ・ パラディが歌声を聴かせて、 おいしいところを持っていくのも見逃せません」

『スヴェタ』 ©Sun Production (Kazakhstan)

悪女なのか? サバイバーなのか?あまり観たことのないタイプの映画『スヴェタ』

そして、 その対抗馬として矢田部氏が推すのが前記のカザフスタンの映画『スヴェタ』だ。

「今回最も強力な1本かもしれません。 スヴェタという名前の聾唖の少女が勤めていた工場をリストラされ そうになるんですが、 家族を支える彼女は職を失うわけにはいかなくて、 とんでもない手段に打って出るんです。

そのプロセスを僕も久しぶりに恐ろしい悪女と出会ったなという気持ちで見つめていたのですが、 とてもしんどい状況で闘っている彼女はサバイバーでもある。

スヴェタが悪女なのか? サバイバーなのか?  の判断は観た人に委ねられるわけです。

ただスヴェタを演じたラウラ・ コロリョヴァは実際に聾唖の方ですけど、 強烈なキャラクターを圧倒的な芝居で演じ切っていますし、全編の9割が手話で進行するその迫力はとてつもない。

あまり観たことのないタイプの映画だと思います。 監督のジャンナ・イサバエヴァは前作の『わたしの坊や』(15) が第16回東京フィルメックスのコンペティション部門で上映され ていますし、 過去作が海外の多くの映画祭で紹介されている注目の逸材。

そんなカザフスタンののび盛りの監督の強烈な作品をワールド・ プレミアでお迎えできるのは嬉しいですね」

『泉の少女ナーメ』©2017 BAFIS, UAB Tremora

リアルとファンタジーが融合『泉の少女ナーメ』

新勢力のもう1国、ジョージアの映画『泉の少女ナーメ』 はリアルとファンタジーが融合した美しい作品である。

「ナーメという少女が癒しの泉を守る父親の仕事を受け継ぐことにな るんですが、泉が枯れ始めて、 そこで彼女は人生の選択を迫られるんです。というのも、 泉が枯れ始めたのは近くにダムが建設されたからですなんですね。

現代の寓話をそんな社会問題もリアルに絡めながらファンタジック に描いた作品ですが、 ジョージア映画伝統の圧倒的な映像美なので、 息を呑むとはこういうことなのか?  ということを恍惚と味わって欲しいです。

ナーメを演じたマリスカ・ ディアサミゼという少女も魅力的ですね。女優賞を『マリリンヌ』 のアデリーヌ・デルミーや『スヴエタ』のラウラ・ コロリョヴァと競うことになるでしょう」

「女の生き様」 を描いたほかの作品もそれぞれのカラーを持っていて面白い。

『アケラット-ロヒンギャの祈り』 ©Pocket Music, Greenlight Pictures

少数民族の深刻な問題をラブ・ストーリーを絡めて描く『アケラット-ロヒンギャの祈り』

マレーシアの映画『アケラット-ロヒンギャの祈り』は、 監督のエドモンド・ヨウの名前を見て、 それだけで期待する人も多いはずだ。

「彼は、長編第1作の『破裂するドリアンの河の記憶』(14)も TIFFのコンペティションで取り上げたアジアの大器です。

人権侵害に陥っているミャンマーの少数民族ロヒンギャの人たちの深刻な問題を、 少女のラブ・ストーリーを絡めてファンタジックに描くことができる懐の深い彼は、 全アジアをあげて応援していくべき監督だと思います。

と同時に、 この監督が持っているスケール感には、 日本の若い監督も刺激を受けて欲しいですね」

『さようなら、ニック』©Heimatfilm

ハイソサエティーなふたりの女性の対決を描く『さようなら、ニック』

若手の監督が席捲するようになった昨今の世界の映画祭だが、TI FFは若手監督だけにターゲットを絞った映画祭ではなく、 実力派監督の力作も見逃さずにピックアップしている。『さようなら、ニック』もそんな1本だ。

「メガホンをとったのは『ハンナ・アーレント』(12)のドイツ 人の監督マルガレーテ・フォン・トロッタですが、ライナー・ ヴエルナー・ファスビンダー監督やヴェルナー・ ヘルツォーク監督と同世代で、ニュー・ジャーマン・ シネマの女優でもある監督の新作をワールド・ プレミアで上映できるのはとても光栄なことです。

本作は英語映画で、 ニューヨークの豪華マンションで一緒に暮らすことになったハイソサエティーなふたりの女性の対決を描いていますが、 そのクラスの女性の生き方に着目した視点が新鮮ですし、 新たな女性映画のスタイルが誕生したのかなという印象さえ持ちま した。

ふたりの女性は、 ハリウッドにも進出しているノルウェイの女優イングリッド・ ボルゾ・ベルダルと、前作を始めフォン・ トロッタ監督の何本かの作品で主演しているベルダルカッチャ・リーマンが演じています」

『ザ・ホーム―父が死んだ』©Iranian Independents

悲しいお葬式が笑いに反転する“お葬式モノ”『ザ・ ホーム-父が死んだ』

映画大国イランからは、今回のTIFFが日本初登場となる新しい 才能アスガー・ユセフィネジャド監督による女性映画『ザ・ ホーム-父が死んだ』がエントリー。

「伊丹十三監督の『お葬式』(84)を筆頭に、 悲しいお葬式が笑いに反転する“お葬式モノ” と呼ばれる作品はこれまでにもたくさんありますが、 この作品も笑いが絶妙なそのジャンルに収まるもの。

父親の逝去の報せを受けた娘が嘆きながら数年ぶりに実家に戻ると ころから始まる映画は、 父親の遺体をめぐって家族ががなり合う展開の中で、 いろいろなことが混迷を極めていく模様を80分足らずの尺で描き 切ります。

監督の演出が上手いですね。 ジェットコースターのように物語が進行していく、 見応えのある作品です」

そして、今回コンペに参戦する2本の日本映画『最低。』と『 勝手にふるえてろ』 も異なるアプローチで女性の生き様を描いていて、矢田部氏は「 今年の最強の2本です」と強調する。

『最低。』 ©2017 KADOKAWA

AV業界で生きる3人の女性の三人三様の生き様『最低。』

「『最低。』は“ピンク四天王”のひとりとしてキャリアを重ね、 近年はインディペンデント映画から『64-ロクヨン-』(16) のようなメジャー大作まで幅広いフィールドで作品を撮られている 瀬々敬久監督にしか撮れない作品です。

AV業界で生きる3人の女性の三人三様の生き様を真正面から描いていますが、AVやSEX といったある種のタブーの領域まで踏み込んだこういうチャレンジ ングな日本映画こそコンペティション部門にラインナップしたかったですし、その表現力は外国映画と互角に戦えるもの。

今年の日本映画を代表する1本だと思います」

『勝手にふるえてろ』 Tremble All You Want/©2017 {Tremble All You Want} Production Committee ©2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会

“脳内片思い” と“リアル恋愛” の間で揺れる『勝手にふるえてろ』

もう1本の『勝手にふるえてろ』は、芥川賞受賞作家・ 綿矢りさの同名小説を『恋するマドリ』(07)、『モンスター』 (13)などの大久明子監督が松岡茉優を主演に迎えて映画化した ラブ・コメディだ。

「物語のツイストが効いていて誰が観ても楽しめる。 そんじょそこらのラブ・コメディではないです。

“脳内片思い” と“リアル恋愛” の間で揺れるヒロインを演じた松岡茉優さんの初主演映画でもあり ますが、彼女が鮮烈な魅力を発散していて、個人的には“ 怪物誕生だ~!”と思ったぐらい魅了されました。

本作で、 大久監督の演出力の高さを知るお客さんもたくさんいると思いますね」

『ナポリ、輝きの陰で』 ©Tfilm 2017

「女の生き様」と「男の生き様」の双方に注目『ナポリ、輝きの陰で』

「女の生き様」と「男の生き様」の双方を描いている映画もある。 ドキュメンタリー出身の監督コンビ、シルヴィア・ ルーツィとルカ・ベッリーノがメガホンをとったイタリア映画『ナポリ、輝きの陰で』である。

「 近年のイタリア映画はナポリとマフィアを背景にしたものが多いで すが、この作品は違います。 ナポリ郊外の低所得者層の地域で家族を支えながら生きて来た父親 が、娘の歌の才能に気づき、 彼女を歌手デビューさせることで生活を改善しようとするドラマで すが、ドキュメンタリー出身の監督コンビの演出が非常に独特で。

主人公の父親と娘を演じているのは、 彼らが取材で訪れた映画の舞台となる街で暮らしている本当の親子 。

娘は歌手ではなく、映画の役を演じているわけですが、 その暮らしぶりはとてもリアルで、 カメラが密着するお父さんの思いも手に取るように伝わってきます 。

少女も歌がかなり上手いですね」

「女の生き様」を描いた映画を最初に一気に紹介したが、「男の生き様」を描いた映画の方も強烈な作品が揃っている。