三野村利左衛門役のイッセー尾形(左)と渋沢栄一役の吉沢亮

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「青天を衝け」。10月17日放送の第三十一回「栄一、最後の変身」では、日本初の銀行や富岡製糸場の設立にまつわるエピソードが描かれた。

 その中で、主人公の渋沢栄一(吉沢亮)は、大阪で知り合った大内くに(仁村紗和)との間に子どもができてうろたえ、いとこの喜作(高良健吾)との再会に涙を流し、銀行設立を巡って三井組番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)らと駆け引きを繰り広げるなど、多彩な表情を披露。決して聖人君子ではない栄一の人間味豊かな多面性を表現する吉沢亮の巧みな演技に、改めて目を見張らされた。

 放送開始当初から「新しい扉がバンバン開いている」と語り、情感豊かな芝居で視聴者の心をつかんできた吉沢は、明治編に入った頃のインタビューで、さらにその手応えを次のように述べている。

 「相変わらず毎日、ものすごい刺激を受けています。物語が進むにつれ、関わっていく人物がどんどん変わりますし、栄一自身も年齢を重ねて成長していきますから。それに合わせてより高いクオリティーを求められるので、僕自身も成長しなければいけない。だから、毎日全力でやらなければ、という意識は変わりません。」

 この言葉通り、栄一を演じる中で吉沢も成長を重ねていることは、ここまでドラマを見続けてきた視聴者なら理解しているはずだ。

 それを確かめるため、この回、ライバル同士の三井組と小野組に合同で銀行設立を迫った場面を、序盤の第五回「栄一、揺れる」で、祈願のために渋沢家を訪れた修験者たちを栄一が追い返した場面と見比べてみた。どちらも栄一が相手に高圧的な態度で迫ったくだりだ。

 この回、栄一は、合同で銀行を設立してほしいという頼みをのらりくらりと断ろうとする三井組と小野組にしびれを切らし、突如「やむを得ん。大蔵省は、三井組、小野組の官金取り扱いを取りやめる」と宣言。慌てた両者が栄一の前に土下座して話は決着…という展開だった。

 一方、第五回では、「たたりをはらう」との名目で伯母のまさ(朝加真由美)が連れてきた修験者たちに対して、その論理の矛盾を突いた栄一は「こんな得体のしれねえもんで、一家を惑わすのは、金輪際御免被る! とっとと帰れ!」と追い返す。

 それぞれシチュエーションは異なるが、実際に映像を見てみると、栄一の態度には相通じる部分がある。ただし、まだ10代だった頃の若さと勢いがストレートに出た第五回に比べて、この回で三井組と小野組の面々に向かって栄一が取った高圧的な態度には、積み重ねた経験から生まれるしたたかさと大蔵省の役人としての重みが宿っていた。

 似た姿でありながらも、この二つの芝居の間には、栄一が年齢を重ねて成長した跡が見て取れる。その変化は、1年以上にわたって栄一を演じてきた吉沢だからこそ生まれたものであり、役者としての成長の証しとも言える。

 「青天を衝け」も残すところあと10回。先日、新たな出演者も発表され、この先は栄一の子や孫も活躍する模様。年齢を重ねた栄一の後半生を、吉沢がいかに演じるのか、まだまだ興味は尽きない。

 かつて「西郷どん」(18)に主演した鈴木亮平は、クランクアップ直後に「一言で言えば、『生き切った』という感じです」と長期の撮影を振り返っていた。

 大河ドラマの主演の重みを端的に言い表した言葉だと思う。栄一と共に成長してきた吉沢が同じようにクランクアップを迎えたとき、どんな言葉を残すのか。そのときを楽しみにしつつ、物語の行方を最後まで見守っていきたい。(井上健一)