渋沢栄一役の吉沢亮

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「青天を衝け」。11月21日放送の第三十六回「栄一と千代」は、幼い頃から主人公・渋沢栄一(吉沢亮)を支え続けてきた妻・千代(橋本愛)の死が描かれた。

 事前に分かっていたとはいえ、前回の、千代の生き生きとした活躍がまだ強く印象に残っていただけに、突然の別れは衝撃的だった。そして、その悲しみを誰よりも深く感じていた栄一が黙って座り込むラストシーンには、言葉にならない思いが湧き上がってきた。

 もともと、栄一はおしゃべりな性格故、これまでも、たびたび熱量高く言葉を重ねて自分の思いを語ってきた。この回も序盤、養育院の運営を巡って議論が繰り広げられた場面では、「税収がひっ迫している今、貧しい者を税金で救う必要はない」という主張に対して、「国が一番守らねばならんのは、人だ」と真っ向から反論。最後は子どものけんかのような水掛け論に陥ったほどだった。

 また、別の場面では、新聞にあらぬうわさを書きたてられた五代友厚(ディーン・フジオカ)に対して、「なぜ反論しないのです?」と疑問をぶつけ、真実を訴えるべきだと語っていた。相手や場を選ばず、自分が正しいと思うことを堂々と主張する。それこそが栄一の良さでもあった。

 だが、今回、千代が病に倒れた後は、ほとんど言葉を発することなく、名前を呼びながら千代のそばに寄り添うのみ。演じる吉沢自身もインタビューで「号泣していました」と撮影を振り返っている通り、見ていて栄一の深い悲しみがひしひしと伝わってきた。

 しかも、これまでの回を思い出してみても、栄一がここまで無言だった場面は思い浮かばない。恩人・平岡円四郎(堤真一)や養子の渋沢平九郎(岡田健史)の死を知ったときでさえ、これほどの悲しみと落ち込み方は見せなかった。改めて、大河ドラマは回数を積み重ねることで生まれるものが大きいことを思い知らされた。

 そういう意味では、栄一にとっての千代の存在の大きさを、視聴者も一体となって感じることができた回だったと言えるかもしれない。

 そして、もう一つ、千代の死の衝撃の大きさを際立たせたのが、家族の姿だ。コレラに感染する恐れから、臨終に立ち会うことができず、「母様!」と叫びながら駆け寄ろうとするところを、夫の穂積陳重(田村健太郎)に制止される長女・歌子(小野莉奈)。その姿は、まさに現在進行形のコロナ禍を想起させ、ドラマとは思えないリアリティーがあった。

 また、千代が病に倒れる直前、おもちゃを粗末に扱い、千代にたしなめられていた幼い息子の篤二が、寝込んだ母を、不安そうに黙って見守る姿にも胸が詰まった。

 さらに、一歩引いた立場で千代を案じる大内くに(仁村紗和)。たった一人、千代を失った悲しみに沈む栄一の姿を捉えたラストシーンの直前、栄一を案じつつ、無言で部屋の扉を閉めたのもくにだ。一言も発しないにもかかわらず、愛人である自分を受け入れてくれた千代への思いがにじむその姿も印象的だった。

 熱弁をふるう栄一の元気な姿と無言の対比。吉沢の演技力の幅広さとともに、緩急をつけた演出がここまで心に残った回は他にない。この悲しみから栄一がどう立ち直り、これからの人生を歩んでいくのか。これまで期待を裏切ることのなかったドラマだけに、元気だった頃の千代の姿を胸にとどめつつ、この先の展開を見守っていきたい。(井上健一)