
【京都市発】京都駅を出て烏丸通を北上し、京都市を東西に貫く五条通との交差点を右折。かの昔若き義経が弁慶と出会ったと伝わる五条大橋に向かう途中に、AIやデータ分析に関して突出した技術をもつ会社がある。その名はRist。従業員の平均年齢は28.2歳。社名のRはRadical、「急進的な、抜本的な、革命的な」を表わすという。常識にとらわれない発想で世の中に挑み続ける若武者集団を率いるのが、二代目社長の藤田亮さんだ。
(創刊編集長・奥田喜久男)
AIを活用して過酷な検査作業から
人間を解放する
サイトを拝見しますと、東京に本社があるんですね。
はい。目黒にありますが営業拠点としての位置づけなので、開発拠点はここ(京都事業所)になります。
藤田さんは京都大学大学院のご出身ですが、社員の方もやはり京都大学関連の方が多いんですか。
Ristはもともとの母体が京大発のベンチャー企業なので確かに多いのですが、徐々に比率は減ってきてますね。
創業は2016年。藤田さんは二代目の社長でいらっしゃる。
そうです。初代の社長は創業者でもある遠野広季です。16年にRistを立ち上げて、京セラコミュニケーションシステム(KCCS)と資本提携する前の18年に、遠野から「KCCSから社長を」と要望がありまして。
それで藤田さんが二代目になられた。跡を継がれたのはどういう経緯ですか。
私はKCCSで経営企画にいたんですが、15年頃「何か新規事業を計画せよ」という命が下って、画像解析に注目して事業部門の立ち上げをしていたんです。
15年ということは、Ristが創業した1年ほど前。ほぼ同じ時期ですね。
そうなんです。たまたま同じ時期に同じことをやっていてRistのM&Aにも携わったことから、自然とそういう流れになりました。
改めて、事業をご説明いただけますか。
RistはAIを活用した画像・動画解析や、機械学習を応用した構造化データ解析などを展開している会社です。主に製造業にアプローチしています。
サイトの最初に「人類の感覚器官に、自由を取り戻す」とありますが、どういう意味でしょう。
あれはRistのミッションです。主力事業の一つに外観検査があるのですが、その現場は非常に過酷な環境なんです。目や耳を酷使する検査業務から人類を解放したいという意味が込められています。
そんなに大変なんですか。
私も現場に行きましたが、光の調整やほこりの侵入の関係で地下室の窓のない部屋で、一日中防塵服を着用して検査をし続けるという……。
それは相当厳しいですね。
そうした環境から課題も生じています。検査員の方の高齢化と人手不足。先ほど話したような現場環境では、いくら時給を上げても若い人はやりたがりません。
対応策はあるんですか。
今は東南アジアから人に来ていただいて、なんとか対応されている会社もありますが、社会的な問題もあり継続することは難しそうです。検査専門の会社の中にはそろそろ廃業するかという話も出ています。
問題ですねえ。
そうなんです。今の検査員の方々は5年以内に3割が退職されてしまう。今後の日本の製造業を考えると、まさに今、真剣に考えるべきです。早急に取り組まないと大変なことになります。
うーん。初めて知りました。そうした課題を、AIを活用して解決していくわけですね。
はい。ただし、人間の仕事をすべてAIに置き換えるのではありません。私たちが目指すのは現場で働く人の負荷を最小限にすること。Deep Learning技術を人間の働くパートナーとして、人材不足や過酷な労働環境を解消していくことを目指しています。
Ristのアルゴリズムを
世界中の現場で役立てたい
2012年にDeep Learningが注目されるようになってから約10年になります。藤田さんが感じる市場の変化などはありますか。
AIが登場した頃は「とりあえずやってみよう」というスタンスで、社長直轄の部署や研究機関が担当だったんですが、そのフェーズはとうに終わりました。
部署が変わってきた。
はい。普通の事業部門になってきました。ビジネスとしては当然ですが、コストメリットも要求されるようになりました。AIに対する視点が、研究目線からどんどんビジネス寄りになってきています。
経営者としては考えるところですね。
その通りです。そんな変化も踏まえて、現在の受託開発型からプロダクト開発にかじを切ろうと取り組んでいるところです。
具体的に計画されてます?
5カ年計画で考えています。27年3月期に売上高として10億円。かつ現在の受託開発100%からプロダクトの売上高を50%以上とする。RistがKCCSと資本提携した19年のタイミングで売上高が5500万円だったので、それを10億円に成長させます。
となると、さらに優秀な人材が必要ですね。採用について何か策を講じておられることは?
一つの策として、数年前からKaggle(カグル)専用の採用枠を設けています。KaggleはGoogle傘下のサービスで、インターネット上のプラットフォームで世界中のデータサイエンティストがコンペで競い合うというものです。
ほぅ。そんなコンペがあるんですね。規模はどのくらいですか。
Kaggleの登録者数としては世界中で900万人ほどだと思います。同じようなコンペは多々ありますが、Kaggleは参加者も多く圧倒的です。コンペの参加者はKaggler(カグラー)と呼ばれていて、成績はすべてオープン。優秀なKagglerには称号が与えられます。
そうした方々を優先的に採用されている。
Kaggle専用の採用枠を設けていて、サイトにも明示しています。
精鋭の人材を揃えて事業をプロダクト化し、10億円を目指していくわけですね。
プロダクト化については、単純に売り上げだけの話ではありません。外観検査のシステム構築は開発から運用まで数年ものスパンになるんですが、それだけの時間をかけて個別案件は解決できても、社会的な問題解決には全然スケール感が足りていない。
なるほど。掲げるミッションの達成には至らないわけですね。
そうなんです。じゃあ、どうすればいいかという問いに対する解の一つがプロダクト化だろうと。
ミッションが達成された状況をどんなふうに描いておられますか。
Ristが開発したアルゴリズムが世界中の工場で稼働していて、現場の方々の役に立っている状況でしょうか。そういう世界を目指していきたいですね。
うーむ。何やら稲盛さんとの接点が見えてきますねえ。
え、そうですか(笑)。とはいえRistは全世界に販売網があるわけではない。ただ、外観検査は結構細分化されているため、それぞれの分野で世界No.1というメーカーが日本にたくさんあるんです。
それも初耳ですね。
そうしたメーカーが製品をバージョンアップする際、Ristが構築したAIのモジュールを導入いただくことで世界的に使ってもらうことができます。ぜひコラボしていきたいと思っています。
(つづく)
祝日を返上して、必死に学んだデータ分析の教科書
KCCS時代、当時の社長命でデータ分析を体系的に学ぶことになった藤田さん。数ある中で選んだのはスタンフォード大学のオンライン授業。准修士を取得するためのカリキュラムで宿題やテストもあったそう。アメリカのカレンダーに沿った進行だったので、GWなど祝日も振替出勤をして1年半続けた。「社長に成績を報告しないといけないので、もう必死に勉強しました」と笑う。
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。