『ビースト』(9月9日公開)
別居中だった妻をがんで亡くした医師のネイト・ダニエルズ(イドリス・エルバ)は、2人の娘との関係を修復するため、ニューヨークから、妻と出会った思い出の地である南アフリカへ長期旅行に出掛ける。
現地で狩猟禁止保護区を管理する旧友の生物学者マーティン(シャールト・コプリー)と再会し、広大なサバンナに出かけたネイトたちだったが、そこには密猟者の魔の手から生き延び、人間に憎悪を抱くようになった凶暴なライオンが潜んでいた。
アフリカの広大なサバンナを舞台に、凶暴なライオンに襲われた一家の父親が、娘たちを守るために戦う姿を描いたサバイバルアクション。
ライオンと対峙(たいじ)する父親役がドウェイン・ジョンソンならば当たり前だが、エルバというところに新味がある。監督はアイスランド出身のバルタザール・コルマウクル。
この映画は、父と娘の絆の回復劇と動物パニックを融合させているが、製作側は「ライオン版の『クジョー』」を狙ったのだという。確かに、スティーブン・キング原作の『クジョー』(83)は、狂犬病になったセントバーナードが人間を襲う話で、主人公の母と子は、この映画と同じように、車の中に閉じ込められていた。
ところで、この映画のビースト=ライオンは、実物ではなくCGで、狂暴なのだが、なぜかあまり怖さを感じない。それに彼が狂うのは、ハンターたちの密猟が原因で、いわば彼も被害者なのだから、いくら暴れてもそれほど憎々しげには見えないところがあるのだ。
それがこの映画のちょっとした弱点で、同じくユニバーサル製作で、動物が引き起こす理不尽な恐怖を描いた『ジョーズ』(75)との違いだ。人間の罪が原因という意味では、劇中で(意図的に?)長女がTシャツを着ていた『ジュラシック・パーク』(93)の方が近いのかもしれない。
とはいえ、ユニバーサルお得意の動物パニック映画の系譜を引き継ぎながら、94分に手堅くまとめて、それなりに面白く見せたところは大いに評価できると思う。そのうち、ユニバーサルスタジオにこの映画のアトラクションができるかもしれない。
余談だが、主人公の旧友を演じたシャールト・コプリー。どこかで見たことがあると思ったら、南アフリカ製作のSF映画『第9地区』(09)で主人公を演じた俳優だった。今回も、舞台が南アフリカということで、監督のたっての希望で出演が実現したのだという。
『夏へのトンネル、さよならの出口』(9月9日公開)
ある田舎町で「ウラシマトンネル」の存在がうわさされていた。その不思議なトンネルに入ると、年を取る代わりに欲しいものが手に入るのだという。
事故で妹を亡くしたことが心の傷となっている高校生の塔野カオル(声・鈴鹿央士)は、偶然トンネルを発見し、自身の理想像と現実との違いに苦悩する転校生の花城あんず(声・飯豊まりえ)と共に、トンネルを調査してそれぞれの願いをかなえるための協力関係を結ぶが…。
八目迷の同名小説をアニメーション映画化。監督・脚本は田口智久。トンネルを媒介とした変則的なタイムスリップもので、夏、青春、淡い恋、SF、ノスタルジーという定番の要素を組み入れたジュブナイルの一種。大昔の「少年ドラマシリーズ」のことを思い出した。
田舎町の写実的な風景と、トンネル内部の赤を基調とした幻想的な風景が対照の妙を成し、現在(スマホ)と過去(ガラケーやMD)、二つの時代をつなぐビニール傘などの小道具の見せ方も面白いのだが、トンネルの内部と外部との時間経過の違いの描写が甘く、トンネルの謎解きもないので、もやもやさせられるところがある。
声優ではない、鈴鹿と飯豊がなかなか頑張って声を当てていた。この2人なら、この題材を実写で見てみたい気もしたが、高校生役はいささか厳しいか…。
(田中雄二)