(C)Photo 2021 : Laurent CHAMPOUSSIN - LES FILMS DU KIOSQUE

『愛する人に伝える言葉』(10月7日公開)

 39歳で末期の膵臓(すいぞう)がんを患った演劇教師のバンジャマン(ブノワ・マジメル)は、確執のある母のクリスタル(カトリーヌ・ドヌーブ)と共に、名医として知られるドクター・エデ(ガブリエラ・サラ)の下を訪れる。

 エデはバンジャマンに「ステージ4の膵臓がんは治せない」と正直に告げるが、病状を緩和する化学療法を提案し、「命が絶えるときが道の終わりだが、それまでの道のりが大事。一緒に進みましょう」とバンジャマンを励ます。

 エデの助けを借りながら、バンジャマンは限られた時間の中で人生を見つめ直し、「人生のデスクの整理」をしながら、死と対峙(たいじ)していく。一方、クリスタルは息子の最期を見届けることを決意するが…。

 監督は女優でもあるエマニュエル・ベルコ。今年のセザール賞でマジメルが最優秀主演男優賞を受賞しているが、影の主役は、実際にがん治療の専門医師であるサラなのではないかと思えるような名演を見せる。

 この映画は、いわゆる終活や終末医療の様子を描いているのだが、ユニークなのは、音楽セラピーの様子だ。

 冒頭で医師と看護師が「君には頼る人が必要。私を頼って」と歌う「リー・オン・ミー」(ビル・ウィザース)、あるいは別れを明るく歌う「バイ・バイ・ラブ」(エヴァリー・ブラザース)、そして病床で歌われる「ナッシング・コンペアーズ・トゥー・ユー/愛の哀しみ」(プリンス)など、歌詞が持つ意味がきちんと反映されているのが面白い。

 ところで、この映画は、生と死の間を淡々とドライに描き、単純なお涙頂戴話や、安易なハッピーエンドにはしていない。

 また、バンジャマンと生徒たちによる演劇の場面や、医師と看護師が患者や治療について話し合う場面などは、ディスカッションドラマの様相を呈する。

 そして、一見不釣り合いとも思える官能的なダンスのシーンや、バンジャマンと看護師(セシル・ドゥ・フランス)との際どい関係も映す。

 この辺りが、ハリウッド映画とは一線を画すフランス映画の真骨頂なのではないかと感じた。

『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』(10月7日公開)

 2作を読むと互いの世界が絡み合っている様子が見えてくることで人気を集めた、乙野四方字の小説『僕が愛したすべての君へ』と『君を愛したひとりの僕へ』を、2作同時にアニメーション映画化。

 並行世界を行き来することができる世界を舞台に、同じ名前を持つ2人の少年がそれぞれの世界で一人の少女と恋に落ちる様子を描くSFラブストーリー。

 松本淳監督の『僕が愛したすべての君へ』は、両親が離婚し、母と暮らす高校生の高崎暦(声:宮沢氷魚)は、クラスメートの瀧川和音(声:橋本愛)から突然声を掛けられる。和音は85番目の並行世界から来たと話し、その世界では彼女と暦は恋人同士なのだという。そんな和音にいつしか引かれていく暦だったが…。

 カサヰケンイチ監督の『君を愛したひとりの僕へ』は、両親が離婚し、父と暮らす小学生の日高暦(声:宮沢)は、父の職場で佐藤栞(声:蒔田彩珠)という少女と出会う。暦と栞は互いに引かれ合うが、やがて親同士が再婚することになる。2人は兄妹にならない運命が約束された並行世界に駆け落ちをするが…。

 並行世界(パラレルワールド)、パラレルシフト、虚質など、独特の用語が次々に飛び出してきて面食らうところもあるが、要は、ある事柄に対して別の選択をした結果生じた世界が、並行して幾つも存在するということなので、その違いや交錯を見せるのが主眼となる。

 「2本のどちらから先に見るかで印象が異なる」というのは面白い試みだが、専門用語が羅列され、時系列も行ったり来たりするので、頭の中で整理するのに時間が掛かるのは否めない。

 今回の2本を見ながら、同じ1組の男女の物語を、男性視点と女性視点で別々に描いた『ラブストーリーズ コナーの涙』と『ラブストーリーズ エリナーの愛情』(14)のことを思い出した。

 この2本も、互いを補完し合う構成になっているが、順序はなく、「先にどちらから見るかで感じ方が変わる映画」として同時に公開された。

 あの時も、2本別々にするよりは、もっと整理して1本にまとめるべきだったのではと思ったが、今回の2本にも同様のことを感じた。2本見ないとつじつまが合わないというのは、ちょっともったいぶった感じがするのだ。

(田中雄二)