2022年7月からTBS赤坂ACTシアターでロングラン上演中の舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」。本作は、小説「ハリー・ポッター」シリーズの19年後を描いた作品で、父親になった37歳のハリー・ポッターとその息子・アルバスの関係を軸に新たな冒険物語を繰り広げる。プレビュー公演からマクゴナガル校長役で出演している榊原郁恵に、日本初演に挑んだ苦労や思い出、さらに出演者だからこそ分かる本作の魅力を聞いた。
-舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」が日本で幕を開けてから今年で3年目となります。改めて今、本作の魅力はどこにあると感じていますか。
私は1年間、出演した後に8カ月ほど出演していない期間があるので、3年間続けて出演しているわけではないのですが、改めてこれほど長い間、公演が続く作品に関われてうれしく思います。全世界で愛されている「ハリー・ポッター」シリーズの新たな物語です。ストーリーももちろんですが、魔法の力や演出、照明、舞台装置と全てが魅力的で、イギリスの舞台関係者が作ってきたすばらしさが光る作品だと思います。
-非常に緻密に作られている作品だけに、日本人キャストによる日本初演を作り上げる際には苦労も多かったのではないですか。
日本で上演する前に世界各国で上演されてきた作品なので、安全性などもしっかりと確保された上での公演で、テンポよくさまざまなことを教えてくださいました。ただ、出演者がセットを動かすこともあり、演じる部分だけでなく階段や壁などのセットをどう動かすのかも覚えていかなければならないですし、アンサンブルとして何役も演じるので着替えもしなくてはいけなかったり、仕事量はほかの舞台とは比べ物にならないほど多いんです。最初は戸惑うこともありましたが、だんだんとできるようになってくると、自分たちがやっていることを誇りに思えるようになりました。それほどすごい作品に関わっているんだと感じながらお稽古をしていました。
-本作に携わった当初、マクゴナガル校長を演じる上でどんなところを意識していましたか。
きっと皆さん、映画でご覧になった、芯のあるマクゴナガル校長の印象が強いと思います。ですので、皆さんが抱いているイメージをまず壊すことなく、マクゴナガル校長がその場にいると感じていただけるように意識しました。その上で、校長のそれぞれのせりふがどんな感情を表しているのかを皆さんにしっかりと伝えようと考えていました。
-公演を重ねていく中で、そうしたお芝居に変化はありましたか。
とにかくマクゴナガル校長に近づこうと一生懸命に演じていましたが、あまりにも存在が大き過ぎて。私自身のキャラクターとはかけ離れた存在のように感じていたんです。存在感があって愛情深くて、この魔法の世界で立派に生きているのに、それをひけらかすこともなく、威厳がありながらもとてもかわいらしくチャーミングなところもあって。そうした幅広い人間性を自分がどれだけ表現できるだろうかと苦戦していました。舞台ではそれほどたくさんのシーンがあるわけではないので、その集約されたシーンの中でマクゴナガル校長の背景にある全てのものをキャラクターの感情に表していかなければなりません。しかも、マクゴナガル校長は自分の気持ちを一人語りのように話すシーンも多く、最初は戸惑いが大きかったのですが、長いこと演じ続けて共演者の皆さんとの関係性が深まっていくうちに、相手に対する感情もプラスアルファできるようになってきました。だんだんと役も深まってきたと思いますし、自分でも演じやすくなってきたと感じています。
-これまでの公演や稽古を振り返り、思い出に残っている出来事を教えてください。
初公演の前、私たち出演者が楽屋入りしていよいよ舞台での稽古(実際の劇場のステージの上での稽古)が始まるという日に、「楽屋口ではなくて、お客さまと同じ動線で劇場へ入りましょう」となり、出演者みんながロビーに集まり、客席に座って、舞台での魔法をいくつか見せてもらったんです。それまではどう演出されるのか想像しながら稽古をしていた魔法の数々を、実際に舞台上で見せてもらったときはみんなで「わーっ」と声を上げるくらいの感動でした。あの感動は忘れられません。そして、「今度は、あなたたちが舞台に立って、その感動をお客さまに伝えてください」と言われて私たちはスタートしました。このスタートがあったから今も続けていられるのだと思います。
それから、マクゴナガル校長の長ぜりふのシーンで、自分ではどうしても役がつかみきれず、なかなかうまくこなせなかった時期がありました。それで稽古が止まってしまうこともあって。そのときに横にいた、当時、ハリー・ポッター役を務めていた藤原竜也くんが、「大丈夫、大丈夫。ワンチーム、ワンチーム」と声をかけてくださったのがすごく印象に残っています。私が一人で抱え込んでいるのを見て、「みんな一緒だから」と声をかけてくれたのはすごく励みになりました。私はカンパニーの一員として加わっているのだから、頑張らなくちゃいけないと、改めて感じた瞬間でした。
-ダブルキャストでマクゴナガル校長を演じている高橋ひとみさんとの思い出は?
私はこれまでダブルキャストの経験がなかったので、最初は戸惑いもしましたし、すごく意識していました。ひとみさんがどう感じていたのかは分かりませんが、「ひとみさんだったらどう演じるのだろう」と考えながら演じることもありましたし、何度もひとみさんのお芝居を見させていただきました。1年目は2チームに分かれてお稽古をしていて、私は最初のチームで先にお稽古をさせてもらったということもあって、ひとみさんがお稽古を見ている時間も多かったんです。そういうときはめちゃくちゃ意識もしました。一緒に演出家の先生とディスカッションをすることもありましたが、演出家の方からの問いかけに私が答えられなくてもひとみさんはきちんと答えていて、教えてもらうこともたくさんありました。そうして長くご一緒しているうちに、今は同志のような、分身のような存在です。ダブルキャストなので一緒に舞台に立つことはないのですが、楽屋でお会いすると、分身に出会えたような気持ちになるんですよ。この役を日本で演じているのは私とひとみさんだけなので、今は一緒に頑張ってきたひとみさんの存在がすごく支えになっています。
-では、出演されているからこそ分かる、この作品の見どころを教えてください。
私もマクゴナガル校長だけではなく、さまざまな役割を務めていますが、出演者がいろいろな形で、そして見えないところでも作品に携わっています。この舞台は、機械がセットを動かしているわけではないんですよ。人力でセットを動かしたり、魔法を繰り広げているので、見えないところでも出演者たちはいろいろと動いています。お芝居として物語を見るだけでも楽しいですが、スピーディーにたくさんの人たちが動いているというのも面白いところです。お客さんが直接目にすることはないですが、舞台の裏でもすごく緻密なんですよ。何度も見ていらっしゃる方は、「ここは裏で何をやっているんだろう」なんて想像をしながら見ていただくのもまた楽しいのではないかと思います。
-最後に読者へのメッセージをお願いします。
2022年6月のプレビュー公演からスタートしたこの舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」ですが、映画の『ハリー・ポッター』の世界が好きな方はもちろん喜んでいただけると思いますし、まだ映画を見たことがない方にも楽しんでいただける内容になっています。親子の関係や友情など、魔法の世界を舞台にしながらも身近に感じられる出来事が繰り広げられます。それに加えて、見事な魔法がステージ上で見られるというエンタメ性の高い舞台になりますので、ぜひ1度ご覧いただけたらと思います。
(取材・文/嶋田真己)
舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」は、都内・TBS赤坂ACTシアターでロングラン上演中。
※「榊」は正しくは“木へんに神”