桜庭ななみ(ヘアメーク:SAKURA/スタイリスト:井阪恵) (C)エンタメOVO

 3月3日(金)から宮城県先行、10日(金)から全国公開となる『有り、触れた、未来』は、生きづらさを感じる世の中に向け、大切な人を失うなど、さまざまな事情で命と向き合うことになった人々の姿を通して、支え合うことの大切さを描いた物語だ。杉本哲太、手塚理美、北村有起哉ら、豪華俳優陣がそろう中、かつて恋人を交通事故で亡くした元バンドマンの女性、佐々木愛実を演じているのが、NHKの大河ドラマ「西郷どん」(18)、連続テレビ小説「スカーレット」(19)などで活躍してきた桜庭ななみ。「いい作品に出会えた」と語る撮影の舞台裏や作品に込めた思いを聞いた。

-桜庭さんが演じる愛実をはじめ、さまざまな理由で命と向き合うことになった人たちが交差する群像劇ですが、出演オファーを受けたときの感想は?

 山本(透)監督と初めてお会いしたときに、「コロナや震災で心に傷を負った人が多い中で今、私たちができることはなんだろう?」というお話を伺い、その思いを聞いた上で、「この作品に参加したい」と思いました。作品を読んで魅力的だったのが、いろいろな人たちが、痛みを抱えながらも前に進んでいく姿を描いた物語だということでした。ギターを演奏するシーンがあったのですが、全く弾けないので、ちょっと不安でしたけど(笑)。すごくいい作品に出会えたと思っています。

-愛実を演じるに当たって心掛けたことは?

 愛実は、かつて恋人を亡くしたという心の傷を抱えていますが、そこに引っ張られないようにしようと思いました。というのも、愛実を通して、時間が流れていることを伝えたかったんです。他の登場人物は悲しみに沈んでいることが多いのですが、宮城で撮影したとき、現地の方に震災当時のお話を伺ってみたら、傷を抱えながらも、明るく前向きに進んでいこうとする人たちもたくさんいて。だから、愛実を通してそんなふうに時間が流れていることを伝えたくて、友だちや恋人と話をするシーンは、重くなり過ぎないように、日常と変わらないお芝居を心掛けました。

-本作は齋藤幸男氏の著書『生かされて生きる-震災を語り継ぐ-』を原案にしており、自然災害で家族を亡くした人も登場して東日本大震災を連想させますが、劇中ではそうだとは明言していませんね。

 そこだけをフィーチャーすると、そのイメージで固まってしまいますけど、今はコロナ禍や戦争で大変な思いをしている人は他にもたくさんいます。監督はきっと、そういうさまざまな傷を抱えた人たちの思いも描きたかったんだと思います。「それぞれ大変なことはあるけど、前に進んでいこうよ!」と。

-シリアスな物語ですが、現場の雰囲気はいかがでしたか。

 現場はすごく明るかったです。監督も明るく盛り上げてくれましたし、エキストラで参加してくれた地元の方も声を掛けてくださって。おかげで、とても楽しく過ごすことができました。

-明るいと言えば、保育園の保母として働く愛実が子どもたちと触れ合う場面もにぎやかでしたね。

 子どもと遊ぶのは大好きなんですけど、人数が多く、ものすごくパワフルだったので疲れました(笑)。子どもの純粋な発想にも驚かされましたし。例えば、「お肉ってなに?」と聞いてみると、「それは動物を殺していることだから、駄目だよ」と、ハッとするような言葉が飛び出すんです。他にも「生きるって何?」とか、「食べるってどういうこと?」みたいな質問をすると、常識に捉われない答えが返ってきて。いい意味でわんぱくでもあったので、保育園のシーンはとても楽しかったです。

-心配していたギターの演奏はいかがでしたか。

 ギターは2カ月ぐらい練習しました。全く弾けなかったので、先生がついてくださって、一からコードを覚えて。歌も歌わなければいけなかったので、一緒に練習しました。

-練習のかいがあって、演奏シーンはクライマックスにふさわしい盛り上がりでした。歌う際に心掛けたことは?

 脚本と同じく、歌詞も監督が書いているので、作品のイメージ通りの歌詞で、伝えたいことがその中に入っているんです。ということは、私がそれを伝えなければいけない。だから、最初は「私で大丈夫かな…」と心配しました。でも、そこは気持ちで乗り越えようと。役の気持ちになって、亡くなった彼の思いを伝えられたら、と思いながら精いっぱい歌いました。

-劇中では桜庭さんたちのバンドの演奏に加え、別に撮影された地元伝統の太鼓と踊りが一体になるように編集されていて、高揚感がさらに増していますね。

 幾つかの要素が一つになったおかげで、それぞれの思いと同時に、みんなが進むべき方向に一歩踏み出した瞬間が重なり合っていて、すごく感動しました。

-同時にあのシーンからは、「エンターテインメントは、人が生きる上で不可欠なもの」というメッセージも伝わってきました。コロナ禍が始まった頃、エンターテインメントの必要性を問われることもありましたが、その点について考えることはありましたか。

 監督の周りにも、やっぱり、お芝居ができない状況で苦しんでいる方がいらっしゃったらしくて、最初にお話しをしたとき、「お芝居って、このコロナ禍で必要なことなのだろうか?」という問いがあったんです。最終的に「それでも、やっていくべきだ」という結論になったんですけど。

-そうでしたか。

 いろんな意見はあるでしょうけど、エンタメには、人の気持ちを動かす力があると思うんです。私自身も幼い頃からテレビドラマに心を動かされ、自分の職業ややりたいことをそこから見つけるなど、いろんな影響を受けてきました。ファンの方から「子どもにあの役の名前を付けました」というお手紙を頂いたりするのも、すごくうれしいですし。そんなふうに元気をもらえたり、誰かを思ったり、感情を動かすことができるエンタメってやっぱりすてきだし、それはすごいことだと思います。それもこの作品で伝えたかったことの一つなので、あのシーンは私もグッときましたし、こういう伝え方ができたことはとてもうれしかったです。

-完成した映画を見た感想は?

 今の世の中、心に傷を抱えた人は少なくないと思います。それでも時間は過ぎていくし、生きて行かなければいけない。そんな中で、手を差し伸べてくれる隣の人の温かさは、すごく大切なものだなと思いました。ちょっとした温かい言葉を掛けてくれたり、寄り添ってくれたりするだけでも元気になって、前向きな気持ちになれますし…。だから、横にいる人の気遣いのありがたさや、頼ることの大切さをこの映画で思い出していただけたらうれしいです。

(取材・文・写真/井上健一)

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