2023.2.15 /東京都港区のオフィスにて
【東京・赤坂発】対談の中でもふれているが、王健さんは5年前に亡くなった妻の魏芝さんとともに来日し、オフショア開発をはじめとするビジネスを展開してきた。久しぶりにお会いし、若い頃のお話をうかがっていると、「私はとくに日本に行きたいと思わなかった」とか「自分で会社をつくるつもりはなかった」といった、ちょっと意外な発言が飛び出した。日本に行きたかったのも、事業を起こしたかったのも魏さんだったと。夫唱婦随ならぬ「婦唱夫随」の名コンビだったのだ。それだけに彼女の早世が惜しい。
(創刊編集長・奥田喜久男)
2023.2.15 /東京都港区のオフィスにて
妻との二人三脚で
オフショア開発に取り組んだ日々
王さんの奥様であり、ビジネス上のパートナーでもある魏芝さんには、10年ほど前に芝ソフトの社長として、この『千人回峰』(2012年9月24日号、Vol.1449)にご登場いただきました。
その節は、妻がたいへんお世話になりました。でも残念なことに、5年前に病に倒れ、突然亡くなってしまいました。
まだお若いのに……。
私は約10年間、上海でオフショア開発の仕事をしていましたが、2017年2月の春節の頃、芝ソフトの社長を務めていた妻のいる東京に戻りました。でも、それからわずか半年で妻がいなくなってしまったのです。
それはつらかったですね。
妻と私はタイプが異なり、お互いを補完する関係にありましたが、その関係がいきなり失われてしまい、私は途方に暮れてしまいました。
魏さんは物静かな雰囲気なのに、豊富な人脈を駆使してビジネスをバリバリと進めていくタイプでしたね。
そうです。活動的なやり手タイプでした。でも、技術者出身なのに具体的な仕事はあまりしていませんでした(笑)。
王さんは?
ずっとコツコツとシステムをつくって、自社製品の開発にも取り組んでいました。
それは、理想の組み合わせだったのかもしれませんね。営業と開発の両輪として、王さんのおっしゃるような補完関係にあったのでしょうね。
私が東京に戻った理由の一つは、上海でのオフショア事業が成り立たなくなってきており、東京での事業も厳しくなったことにありました。
魏さんが戻ってきてくれと。
そうですね。オフショア事業は、中国や東南アジアの人件費の安さにより成り立っていたわけですが、ご存じのように上海の人件費は高騰し、また中国の社会保険料は非常に高額なため、とても採算が合わなくなってしまいました。それにオフショア開発はコスト削減を目的とした仕事なので、付加価値を生みにくく、面白くないと感じました。06年に上海に戻ったときは、何か社会に貢献できるビジネスモデルをつくれないかと取り組み始めていました。
かつて盛んだったオフショア開発のビジネスモデルが、通用しなくなってきたのですね。それで、社会に貢献できるビジネスモデルのほうは?
10年頃から「血液構造分析」のシステム製作に着手しました。
血液構造分析システム?
指先から血液を一滴とり、それを解析することにより、全身の健康状態を評価できるシステムです。この「血液構造分析」は私の造語で、ほとんどの先生は懐疑的です。
それは、新しい医療機器を開発したということですか。
いいえ、これは医療機器ではなく身体状況を把握するシステムです。これによって、いわゆる「未病」の予測ができるのです。いわば、「天気予報」ならぬ「身体予報」が可能になるわけです。現代の西洋医学は、病気に対する治療を行う一方で、さまざまな副作用をもたらしているのが現状のようです。身体予報が実現できれば、治療による身体への関与の質が高められ、人々の健康を守ることができるのです。ちなみに、三国志の「赤壁の戦い」で、諸葛孔明が東風を借りて曹操軍を撃破したのは、天気予報ができたからです。
あの時代に天気予報ができるとは誰も思いません。同様に、いまの現代医学において身体予報などできるわけがないと、ほとんどの先生が思っています。
正直なところ、血液一滴で全身の状況がわかると言われても、なかなか理解しにくいし、納得しづらいところがありますね。
そうかもしれません。ネットにもそうした情報は一切載っていませんし、現代の西洋医学では不可能と考えられていますから。しかし、生物や植物が成長していく物理原理から導かれたこの血液に対する見方は、いずれ認知されることになるでしょう。
人間の身体は部品の寄せ集めではない
その血液構造分析システムは、どのような形で販売するのですか。
ターゲットは、病院やクリニックです。そのため、私は日本未病システム学会(現・日本未病学会)や日本血液学会などの会員となって、病院の先生や専門家に説明する機会を得ようとしました。
なるほど、見込み客のたくさんいるところを狙ったわけですね。
そして、このシステムに関する論文を書き、それを専門家に英訳してもらって、世界的に有名な科学雑誌である『ネイチャー』に投稿しました。でも、私は研究者ではなく、また論文としてのフォーマットを満たしていなかったため、掲載には至りませんでした。
それは残念でしたね。学会で出会ったお医者さんの反応はどうでしたか。
未病学会や血液学会の理事の先生から問い合わせがあり、興味を持たれた大きな病院の理事長にもお会いしました。でも、西洋医学を学んだ先生方は、解剖学に基づいた知識、つまり人間の身体は部品によって構成されているという考え方によっており、血液にどのような成分が入っているかにしか注目していないため、私が提唱した、血液が身体の細胞と臓器の状態を構造的に表しているとの説をなかなか理解していただけませんでした。
もう少しわかりやすく教えていただけますか。
人間の身体は、クルマのようにパーツごとに構成されているのではなく、それぞれの部分が相互に関連しているという考え方ですね。例えば、人が歳をとって白髪になるのは腎臓の機能が弱まっているからだとか、肝臓の悪い人はそれが爪や眼に現れるといったことです。足裏マッサージで、押されて痛い場所により、弱っている臓器を言い当てるマッサージ師がいますが、これも同じ考え方によります。
血液構造分析システムのことについてはまだ納得できないままですが、その人間の身体はパーツの寄せ集めではなくそれぞれがつながっているということには、大いに納得できますね。
こうしたことは、2000年以上も前に編さんされた『黄帝内経』(こうていだいけい)という中医学の教科書に書かれているのです。
その本は、いまもあるのですか。
いまでも中医学の大学では教科書として使われていますし、私自身も手元に置いて、よく読んでいます。ところで、血液はどこでつくられているかご存じですか。
骨髄ですよね。
そう、骨髄です。でも、17年にアメリカのカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームが、肺にも造血機能があることを発見したんです。
それは初めて聞きました。
この話を、かつて浙江省の病院で院長を務めていた私の姉にしたところ、そんなことは『黄帝内経』にも書かれていると。
2000年以上前に、証明できないまでもすでに予見されていたというのは、驚くべき話ですね。そして、王さんの知的興味の広さにも感心させられます。
小さな頃から、古代の本を親からたくさん与えられたことで、そうしたことにも興味をもつようになったのだと思います。
後半では、その幼少時から現在に至るまでのお話をうかがいたいと思います。
(つづく)
中医学の教科書
『黄帝内経』
対談の本文でも触れたが、王さんは、この本を熱心に読んでいるそうだ。マーカーや付箋が、その勉強の跡を物語る。システム開発というきわめて現代的な仕事に携わる王さんのバックボーンには、こうした古典の英知が備えられていたのだ。
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。







