『バービー』(8月11日公開)

 ピンク色に彩られた夢のような世界「バービーランド」。そこで暮らす女性は皆「バービー」で、男性は「ケン」と呼ばれている。典型のバービー(マーゴット・ロビー)は、ボーイフレンドのケン(ライアン・ゴズリング)と共に、完璧でハッピーな毎日を過ごしていた。

 ところがある日、彼女の心身に異変が起こる。その原因を探るため、彼女はケンと共に人間の世界へと旅に出る。だが、ロサンゼルスにたどり着いた2人は人間たちから好奇の目を向けられ、思わぬトラブルに巻き込まれる。

 アメリカのファッションドール「バービー」の世界を実写映画化。さまざまなバービーが暮らす「バービーランド」から人間の世界にやってきた一人のバービーが、現実との矛盾に直面しながらも大切なことは何かを見つけていく姿を描く。

 監督は、『レディ・バード』(17)『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(19)のグレタ・ガーウィグで、彼女とノア・バームバックが共同で脚本を執筆した。

 ピンクを基調とした斬新なビジュアルに加えて、冒頭の『2001年宇宙の旅』(68)のほか、『真夜中のカーボーイ』(69)『トゥルーマン・ショー』(98)、そして往年のミュージカル映画などのパロディーも満載で、一見ポップなファンタジーコメディーのように見える。

 ところがその横で、バービーランドは女性優位で、人間の世界は男性優位という、極端に誇張したパラレルワールドを対照的に見せることで、アイデンティティーやジェンダーに関する問題を提示している。

 主演作『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(20)でプロデューサーも兼ねたロビーは「今の男性優位の映画業界の状況を是正する一歩に関わりたいという思いがあった。今後も女性監督と積極的に仕事をしていきたい」と語っていた。

 再度プロデューサーも兼ね、女性監督を起用したこの映画も、そうした思いの延長線上にあったと考えられる。しかもビジュアル的には、バービーに成り切ったファッショナブルな自分を見せることもできる。

 つまり、見方によっては、この映画は女性の立場や主張に関するプロパガンダの一種と見えなくもないのだ。終映後に宣伝スタッフに感想を聞かれた男性が「どう言ったらいいのか…」と答えていたが、この映画を見て困惑する男性は少なくないと思われる。

 ただ、困惑させられながらも、同時に今までの映画がいかに男性目線で作られていたのかに気付かされるのもまた事実。ポップなファンタジーコメディーに見せかけながらちゃんと主張もするし、問題提起もする。実は気骨のある映画なのだ。

『アウシュヴィッツの生還者』(8月11日公開)

 1949年、ナチスドイツの強制収容所アウシュビッツから生還したポーランド人のハリー・ハフト(ベン・フォスター)は、アメリカでボクサーとして活躍しながら、生き別れた恋人のレアを捜していた。

 ハリーは、自分の生存をレアに知らせるため、記者の取材を受け、自分が生き残ることができたのはナチス主催の賭けボクシングで同胞のユダヤ人たちに勝ち続けたからだと告白し、世間の注目を集める。

 だが、レアは見つからず、後の名世界チャンピオン、ロッキー・マルシアーノとの闘いの中で彼女の死を確信したハリーは引退する。

 それから14年の歳月が流れ、別の女性ミリアム(ビッキー・クリープス)と結婚し、新たな人生を送るハリーのもとに、レアが生きているという報せが届く。

 バリー・レビンソン監督が、アウシュビッツからの生還者の半生を、その息子がつづった実話を基に映画化。主人公が体験した収容所、ボクシング、恋愛という、三つの出来事と時代が交錯する骨太の異色作とした。若き日、収容所時代の痩せこけた姿から中年太りの姿までを体現したフォスターの力演が光る。

 アウシュビッツをはじめ、ナチスの罪をテーマにした映画が、いまだに、次から次へと手を替え品を替えて作られるのは、欧米の映画人にはユダヤ系の人が多いからだろう。この映画のレビンソン監督、音楽のハンス・ジマーもユダヤ系だ。彼らは映画が持つ告発力を信じているに違いない。

 そのレビンソン監督は、80年代には『ダイナー』(82)『ナチュラル』(84)『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』(85)『グッドモーニング, ベトナム』(87)『レインマン』(88)『わが心のボルチモア』(90)と快作を連発したが、『バグジー』(91)『トイズ』(92)あたりから迷走し始め、2000年代には低迷期に入った。その意味では、この映画は久しぶりの力作ということになる。

(田中雄二)