2023.7.14/東京都港区のキヤノン電子東京本社にて

【東京・芝公園発】言うまでもなくキヤノン電子はキヤノンの子会社であり、最大の取引先はキヤノン本体ということになる。ところが意外なことに、キヤノンに対する売上高は全売上高の50%を割っている(2022年度、連結ベース)。つまり、残り半分の売り上げは自前でつくっているというわけだ。それが、橋元さんの言葉の端々から、ものづくりや新たな市場開拓に対する熱意が伝わってきた理由なのだろう。東証プライム上場企業といえども、泥くさいベンチャースピリットは失われていないと感じた。

(本紙主幹・奥田芳恵)

同じカテゴリーの製品でも

魅力的な付加価値をつけることが大切

今回開発されたalbos Light & Speakerですが、光学系のイメージの強いキヤノンが「音」を扱うことについては、特に障害はなかったのでしょうか。

私自身も、複写機やプリンタなどの事務機をずっとやってきたため、音については専門外です。そして、社内に音の専門家はいません。ただ、かつて日本には、たくさんのオーディオメーカーがありました。そこで、今回のalbos Light & Speakerの開発にあたっては、そうした会社に在籍していた研究者や技術者の力を借りたのです。

社内に専門家がいなくても、外部の力を借りたり、リクルーティングしたりすれば、そこのところは補えるわけですね。

そして、他社からはいくつかランタン付きのスピーカーが出ていますが、当社は照明にこだわりました。かつてEMSビジネスで卓上ライトを手がけたことがあり、こちらは社内にノウハウがあったからです。

機能としては、暖色と白色の2種類の光をそれぞれ3段階の明るさに調節できるようしています。これならば、たとえば明るいリビングやダイニングでも、あるいは就寝前の落ち着いたベッドルームでも使えます。幅広い層に、さまざまな状況で使っていただけるようにした、差異化要素の一つです。

いまある技術を組み合わせて新たなソリューションを生み出すというお話がありましたが、それには、自社に蓄積された技術と外部から調達する技術の組み合わせもあるのですね。

ところで、こうした新製品の開発において、重要視していることは何ですか。

まずは、世の中に残り続けるもの、使われ続けるものをつくるということですが、たとえばオーブントースター一つをとっても、3000円ほどの廉価なものから2万円以上する高価なものまで、その価格には大きな差があります。

ただ「トーストする」というトースターと「まるで焼きたてのパンのようにおいしくトーストする」トースターでは価値がまるで異なります。前者のようにコモディティ化した製品のマーケットはレッドオーシャンであり、ここに行くことは避けなければなりません。つまり、同じ製品でも何か魅力的な付加価値をつけることが、非常に大切なことなのです。

だからalbos Light & Speakerも、音質や見た目の高級感にこだわったのですね。

自動化設備を自前でつくり

労働力不足にも対応

ところで橋元さんは、新卒でキヤノンに入社されたわけですが、キヤノンを志望された理由はどんなところにあったのですか。

当時はいま以上に「カメラのキヤノン」というイメージが強かったのですが、実は私は事務機の開発や設計をやりたかったんです。あの頃は、コピーすることを「ゼロックスする」とか「リコピーする」などと言う人が多かったのですが、なぜか私が所属していた研究室にはキヤノンの複写機がありました。

それも運命だったのかもしれませんね。

私は大学の工学部で精密機械を専攻していたのですが、当時優秀な学生はまず重電に進み、その後は鉄鋼、弱電、自動車、精密という順だったのです。でも、私は重電などには興味が持てず、この精密機械の世界に進みました。ちなみに卒業論文は旋盤がテーマで、まさに、ものづくりが研究対象でした。

幼い頃から、そういうことがお好きでしたか。

そうですね。プラモデルをつくったり、工作をするのは好きでしたね。父はもともと、職人気質で、母も手先は器用だったようです。器用さが遺伝するのかどうかわかりませんが、そういう点は家族みんなが似ていましたね。

もちろん、お勉強はできるほうですよね。

どうでしょうか。できたのは数学と物理だけでしたね。本を読むのは好きでしたが、古文とか漢文は苦手でしたし(笑)。数学は必ず答えが出ることと、証明することが好きでした。

やはりその頃から、ものづくりの萌芽があったのですね。

さて、今後のお話ですが、事業をどのように展開していかれますか。

albos Light & Speakerについては、シリーズ化、そして海外展開を図るとともに、やや廉価なモデルと逆によりハイスペックなモデルの開発を進めていきます。

会社全体の舵取りという意味では、やはりメーカーであることにこだわり続け、国内でのものづくりにこだわり続けたいと考えています。そして、自分たちですべての製品をつくり上げるのが理想です。実際、新事業である宇宙ビジネスにおいて製作している人工衛星の8割から9割は内製しているんです。

それはすごいですね。でも、国内でのものづくりにこだわるといっても、海外に生産拠点を置くメーカーがまだ多数派です。

そうですね。でも、海外の安い労働力を求めて出ていくだけで何が残るのでしょうか。もちろん、当社もマレーシアやベトナムに工場を持っており、100%国内生産とはいえませんが、現地で生産する製品の多くはout-outの取引であり、日本向けのものも一部の廉価な製品に限っています。

なるほど。でも、どうしてそこまで徹底して考えられるのでしょうか。

かつて日本は資源がないゆえに、ものづくりによって経済発展を遂げました。ということは、ものづくりができなくなってしまえば、国力は弱まっていくということです。

ただその反面、国内の労働力不足はどんどん進んでいます。この問題を解決するため、自動化した製造設備を当社は自前でつくっています。これは自社工場で使用するだけでなく、他のメーカーにも販売しているんです。

それも大事なソリューションですね。

また、今年からキヤノングループのモーター事業を当社に集約し、付加価値の高いモーターについては、すべて国内生産することになりました。将来的になくならない製品、残り続ける高質な製品をつくり続けることが、私たちの役割と考えています。

今後の新たな展開、そしてさらなる新製品の開発も楽しみにしております。

こぼれ話

albos Light & Speakerを知った弊社会長の奥田から、「キヤノンの新ブランド、ワクワクするね。開発秘話が聞きたいなぁ」と、ちょっと興奮気味のメールが入った。キヤノンがスピーカーを手掛けたことへの驚きと新コンセプトへの挑戦が心を躍らせたのだろう。ほどなくしてこの製品をゲットした奥田は、枕元で音楽を聴きながら読書をするのに愛用しているそうだ。ただ困ったことに、心地よくてすぐに眠ってしまうのだとか…。

「心地よさ」は計算されたいくつもの要素の掛け合わせでつくり出されている。空間の雰囲気を大きく左右する光と音質にこだわったのはもちろんだが、アルミの削り出しのボディーは、「きれい!」と、思わず触りたくなる美しさで洗練されている。置くだけでおしゃれな部屋を演出してくれるデザインだ。ライト部分を動かしてみると、動作がとても滑らかでストレスがない。理想の角度も実現できる。“人が幸せを感じる快適な空間創り”をコンセプトに掲げているalbos。コンセプトを貫いた結果、一人一人の思う「心地よさ」を実現できているのだろう。

キヤノン電子は、カメラや複写機のほか、得意とする光化学技術を用いて宇宙関連事業にも力を入れている。albos Light & Speakerも宇宙関連事業も共通しているのは、自分たちの手でつくることにこだわっているということだ。国内生産へのこだわりについて質問すると、橋元健社長の語りはぐっと熱くなった。日本のものづくりを支えるメーカーとしての強い意志と誇りが溢れてくる。対談中は終始穏やかな表情であった橋元さんだが、眼光鋭く、一層言葉に力がこもった瞬間だった。

「次なる新製品が楽しみですね」と言うと、「そうですね」と一転して笑みがこぼれる。新製品誕生の裏で淘汰されたアイデアや開発への苦労の過程も、すべてキヤノン電子の財産だ。こうして蓄積された財産と培われたものづくり精神は、また次の驚きを生み出すことだろう。橋元社長には、次なるワクワクがもう見えている気がした。あの笑顔は自信の表れに違いない。(奥田芳恵)

心に響く人生の匠たち

「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。