徳川家定役の又吉直樹

 黒船来航への対応を巡り、混乱が続く江戸幕府。その頂点に君臨するのが、篤姫(北川景子)の夫でもある第13代将軍・徳川家定だ。演じるのは、お笑いコンビ“ピース”として活動するほか、作家としても『火花』で芥川賞を受賞するなど、マルチに活躍する又吉直樹。奇行を繰り返し、暗愚とうわさされた家定に対する独自の解釈、初出演となった大河ドラマの舞台裏を語ってくれた。

-大河初出演が決まったときの心境は?

 まさか自分が大河ドラマに出られるとは…という気持ちです。役を聞き、脚本を読ませていただいて、この人物だったら挑戦してみようと思いました。

-奇行を繰り返したと言われる家定ですが、演じてみた印象は?

 今までは、病弱でちょっと変わった行動をする奇人という描かれ方が多かった家定ですが、今回はその根底に優しさがあるという脚本になっています。それが一番の特徴なのかなと。決して人を笑わせようとしているのではなく、一生懸命やった結果、それが普通とは違って見える。そう解釈して演じています。

-そんな家定に共感できる部分はありますか。

 史実では、家定は人前に出ることが苦手だったと言われています。僕は子どもの頃からお笑いが好きで、中学校のときには自分でネタを作ってコントをやったりしていました。それで受けるとうれしいんですけど、人前に出るのは苦手だったんです。高校生になると、さらに苦手になって…。でも、自分で表現したいという欲はある。だから、芸人も目立ちたがりばかりではないんです。家定についても「殿様でラッキーじゃないか。何をおびえる必要がある?」と考える人がたくさんいると思いますが、そんな単純な話ではない。僕らとは比べようもありませんが、家定にしか分からない悩みや苦しみが、ちゃんとあったんじゃないかなと。それはすごく感じます。

-演じる上で苦労したことは?

 僕はお芝居の経験がほとんどないので、緊張感を持ってやっているのですが、それでも途中で笑ってしまうときがあります。それは、家定がすごくいいやつだな、かわいらしい人だなと思えるからなんです。実はそこが家定の魅力なのかもしれません。

-過去に2人の妻を亡くしている家定は、孤独や哀しみを抱えているように見えます。

 若いときに大事な人を亡くしている上に、今回の家定は動物好きで、何かが死ぬことをとても恐れています。身近な人を失ったときの悲しみは誰もが感じることですが、家定の場合は、動物が亡くなったときでも同じくらいの感情で悲しむんです。人や生き物が死ぬという絶対的な法則を、僕らは忘れて行動できる瞬間がありますが、死が身近なところにある家定は、どんな生き物が亡くなってもそのたびに傷つく。生きていくのはかなりしんどいでしょうね。だから、3人目の奥さんには健康な人をと望んだのでしょう。

-家定と篤姫の関係も気になるところですが、北川景子さんの印象は?

 脚本でも篤姫はとても強い人でパワーがありますが、北川さん本人からもそういう力強さを感じます。ピッタリですよね。お互いに関西出身なので、いろいろな話もしましたが、北川さんはいわゆる女優さん的な感じとはまた違う不思議な雰囲気のある方。僕と気さくに話をする様子も、篤姫の印象と重なります。

-そういうお2人の距離感がドラマにも出ているのでしょうか。

 そうですね。家定が篤姫のことを好きで、ややたじろいでいるあたりは、僕が北川さんを前にした時の感覚に近いかもしれません。かなり近い距離で目を合わせるシーンもあり、脚本には「家定が戸惑う」と書いてあったのですが、演技をしなくても戸惑うことができました(笑)。

-ベテラン俳優の方々と共演した感想は?

 普段、テレビなどで皆さんの演技を見て「すごいな」と思っていますが、一緒にやるとそのすごさがより分かる上に、そこに至るまでの途中経過も見ることができる。とてもぜいたくです。演出家の方と話しているのを聞いていても、時代考証や背景を、皆さんきちんと把握していらっしゃる。なるほど、だから面白いものができるんだなと。

-島津斉彬役の渡辺謙さんの印象は?

 渡辺謙さんは今回、初めて共演させていただきましたが、とても気さくな方です。お芝居は迫力があってすごいと思っていたのですが、撮影の合間には僕に話しかけてくださるなど、温かさもあって。謙さんから聞かれたことで一番印象に残っているのは、「(相方の)綾部(祐二)くん、大丈夫?」ですが…(笑)。

-初めての大河の現場で驚いたことは?

 皆さん、すごい人たちばかりなので、失礼のないようにと思って、せりふを全部覚えてリハーサルを迎えたんです。ところが、現場に行ったら僕以外全員、和服を着ていて…。本番通りの作法ができるようにということらしいのですが、何も聞いていなかったので、びっくりしました。僕だけ楽な服装をしていたので、失礼なことになっていないかとドキドキで…(笑)。他の人に聞いたら、特にそういう決まりはないとおっしゃっていましたが…。

-初めての経験ばかりで、緊張続きでしょうか。

 そうですね。でも、そんな僕にスタッフの方が気を使ってくれたこともありました。現場にたくさん小道具が置いてある中に、顔写真を貼った人形があったんです。スタッフさん同士が遊んでいるのかなと思って、気になっていたのですが、ある日、近づいてよく見たら、その写真が綾部で(笑)。ずっと緊張して隅の方にいる僕をリラックスさせようとしてやってくださったそうです。ただ、僕は殿様の格好をして腕を組んで見ていたので、怒っていると思われたかもしれません(笑)。

-大河に出演した経験は、他の活動にも生かせそうですか。

 生かせることはいっぱいあります。コントの場合は僕が考えているので、みんなでやるときでも、自分が演じるという意識がないんです。今回、皆さんの役作りや隅々まで神経を張りめぐらせたお芝居を見ていると、コントにそのシステムを導入したら、今までと違う何かができるかも…と。あと、家定と篤姫の関係性が面白いので、この設定を全く違う2人に背負わせたら、どういうコントになるのかなと、空いた時間に考えていました(笑)。

(取材・文/井上健一)