NHKで好評放送中の連続テレビ小説「虎に翼」。女性初の弁護士となり、法律の道を歩んできた主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)の物語は、第9週で一つの転機を迎えた。戦争で仕事も夫も失った寅子は、これから日本国憲法が施行された戦後の時代を歩んでいくことになる。新たな展開を迎えるに当たり、制作統括の尾崎裕和氏に、制作の舞台裏や今後の見どころを聞いた。
-ここまでの視聴者の反響を、どのように受け止めていますか。
このドラマのテーマとなる部分に対して、しっかりとした反応をいただけていることがうれしいです。昔も今も変わらない、女性が社会で生きていく上でのつらさや苦労、その中にある喜びを、自分のこととして受け止めてくださっている様子もうかがえ、非常にありがたく思っています。
-第9週(第44、45回)、寅子が亡き夫・優三(仲野太賀)と過ごした思い出の河原で、焼き鳥の包み紙の新聞に掲載された「すべて国民は、法の下に平等であって…」という日本国憲法を読むシーンには心打たれました。あのシーンは第1回冒頭にもありましたが、その意図をお聞かせください。
戦争が終わり、日本国憲法が公布された当時、「私の人生はここから変わる」と思われた方が多数いたそうです。寅子のモデルになった三淵嘉子さんもその1人で、「涙が出た。あれが人生のターニングポイントで、裁判官になる道が開けた」と語っていらっしゃいます。つまり、寅子にとって最も重要なターニングポイントということで、第1回の冒頭で象徴的に描くことにしました。ただ、第1回では日本国憲法が公布されたという事実だけでしたが、前後の経緯が明かされた第9週では、さまざまなことが混然一体となった上での寅子の涙だったことが分かります。同じ映像でも、全く違った見え方になったのではないでしょうか。
-寅子の口癖になっている「はて?」という言葉も話題ですが、どのようにして生まれたのでしょうか。
「はて?」は、脚本家の吉田恵里香さんが書かれた台本に初稿の段階で既に存在していたものです。吉田さんとしては、ドラマの中でのキーワードのように使えたら、ということで考えたものが、どんどん膨らんでいきました。とても難易度の高いせりふだと思いますが、伊藤さんが状況に応じてさまざまな「はて?」を使い分け、見ている側にも「確かに疑問だな」と違和感なく思わせてくださっています。おかげで、とても効果的なせりふになっているのではないでしょうか。
-尾野真千子さんの「語り」が、単なる状況説明だけでなく、寅子の心情を語るモノローグ的な役割まで担っているのも、「虎に翼」ならではです。
あの「語り」も、吉田さんが書かれた台本に最初からありました。私も初めて読んだときは驚きましたが、シリアスなシーンも、寅子の気持ちを客観的に語ることで、ちょっと笑えるような効果が生まれ、今ではこのドラマの持ち味の一つになっています。吉田さんも、そんなふうにドラマの中でのバランスを取ることを考えて書かれているようです。尾野さんは当初、やや不安もあったようですが、われわれとしては最初の収録時点から素晴らしい語りだったので、安心してお任せすることができました。
-第8週で寅子に娘が生まれた際、出産シーンが描かれなかった一方で、女性の生理が描かれるなど、今までの朝ドラのイメージを覆す部分もありますが、その狙いは?
基本的に、脚本執筆の段階でこちらから吉田さんに「この場面を入れましょう」あるいは「これはやめましょう」とお願いしているわけではありません。いずれも、吉田さんが脚本を書かれる際に物語の展開において、必要な要素を入れている。だから、出来上がった脚本を読むと、生理については、女性の人生やキャリアを描くならあってしかるべきだと思えますし、逆に出産シーンはなくても違和感のない物語になっていました。
-吉田さんの脚本の魅力をどんなところに感じていますか。
出産だけでなく、寅子の幼少期や終戦時の玉音放送などが、この作品にはありません。吉田さんは「虎に翼」の物語の中で、そのシーンが必要かどうか思考して脚本を作り上げています。すべてをゼロベースで見て、物語を組み立てていけるのが、吉田さんの素晴らしいところです。そういう意味で、吉田さんに執筆を依頼したわれわれが期待していた以上の脚本になっています。
-今後の物語について伺います。第10週以降はどのような展開になるのでしょうか。
終戦を迎え、新たなスタートを切る寅子が、裁判官への道を歩み始める過程も含めて「裁判官編」となります。再び法律と向き合う仕事を始めた寅子が、いかに職場で戦っていくか、というところから幕を開けるのが、第10週です。そんな寅子の前に現れるのが、久藤頼安(沢村一樹)、多岐川幸四郎(滝藤賢一)といった法曹界の人たち。寅子が彼らといかに対峙(たいじ)し、乗り越えていくかが今後の一つの見どころになります。ただ、久藤も多岐川も共に仕事に対しては誠実ですが、それぞれ個性的で、寅子を振り回す形になるので、コミカルなテイストも楽しんでいただけると思います。沢村さん、滝藤さんと対峙する伊藤さんのお芝居にもぜひご注目ください。
-寅子と共に法律を学んだ梅子(平岩紙)の姑・大庭常(鷲尾真知子)の登場も発表されましたが、その他の仲間たちのその後も気になります。
主人公は寅子ですが、この作品はさまざまな女性たちの物語でもあり、女子部で一緒に法律を学んだ同級生たちも、寅子同様に人生を重ねていくつもりで描いています。ですから、梅子だけでなく、その他の仲間も今後、寅子の人生と再び交錯する機会が出てきます。
-吉田さんは寅子の学生時代からの親友で、兄嫁の花江(森田望智)を「もう1人の主人公のつもりで書いている」と語っていますが、花江に託した思いをお聞かせください。
花江は、仕事に生きる寅子と異なり、家庭を守って生きる女性です。吉田さんには、寅子だけでなく、花江のような生き方も肯定したいという強い思いがあります。ですから、花江も寅子と並んで人生を歩み、折々に背負っているテーマが寅子とは対照的な言動となって現れます。そういうことをしっかり描きたいという意味で、吉田さんは「もう1人の主人公」とおっしゃったのだと思います。伊藤さんと森田さんの息の合ったお芝居も含め、花江の今後にもぜひご注目ください。
-最後に、これからの見どころを教えてください。
やがて裁判官になった寅子の周りには、同僚の星航一(岡田将生)やその父で最高裁長官の星朋彦(平田満)、弁護士の杉田太郎(高橋克実)といった人物も現れます。さまざまな出会いや懐かしい顔ぶれとの再会を繰り返し、男性に囲まれた環境の中で孤軍奮闘する寅子が、困難や苦しさを乗り越えながら、やりがいや喜びを見つけ、女性としてキャリアを切り開いていく物語は今後、さらにパワーアップしていきます。ぜひご期待ください。
(取材・文/井上健一)