(C)2023『あんのこと』製作委員会

『あんのこと』(6月7日公開)


 売春や麻薬の常習犯である21歳の香川杏(河合優実)は、ホステスの母(河井青葉)と足の悪い祖母(広岡由里子)と3人で暮らしている。子どもの頃から酔った母に殴られて育った杏は、小学4年生から不登校となり、12歳の時に母親の紹介で初めて体を売った。


 そんな中、人情味あふれる刑事の多々羅(佐藤二朗)との出会いをきっかけに更生の道を歩み出した杏は、多々羅や彼の友人であるジャーナリストの桐野(稲垣吾郎)の助けを借りながら、新たな仕事や住まいを得る。ところが突然のコロナ禍によって3人はすれ違い、それぞれが孤独と不安に直面していく。


 監督・脚本は入江悠。ある少女の人生をつづった新聞記事に着想を得て脚本を書いたという。前半は、杏を取り巻く貧困、毒親である母のDVの描写などに思わず目をそむけたくなる。中盤は、更生の道を歩み出した杏が、時折浮かべる笑顔が印象に残る。ところが、わずかな希望を見いだした杏が…という変転があまりにも悲しく切なく映る。


 また、杏を救おうとする一方で、麻薬常習者の弱みに付け込む多々羅、正義感と情とのはざまで揺れる桐野の姿に人間の二面性を見る思いがして、これもまたやるせない思いがする。


 入江監督は、この3人を中心に、杏の周囲の人間たちをドキュメンタリータッチで描いていく。その分見ていてつらくなるのだが、だからこそ、コロナ禍での孤独や無関心を忘れてはならないと訴えかけてくるところがある。


 そして、杏という人間が確かに存在したのだということを描きたかったのだろうとも思う。その点、一見突き放しているように見えて、実はとても杏に寄り添った視点で描かれているともいえるだろう。


 ドラマ「不適切にもほどがある!」で昭和の高校生役を好演した河合が、この難役に対して見事な演技を披露する。そして佐藤、稲垣、河井らが巧みな助演を見せて彼女を引き立てる。そうした俳優たちのアンサンブルも見どころだ。

『東京カウボーイ』(6月7日公開)


 東京でブランドマネジャーとして働くサカイヒデキ(井浦新)は、上司でもある婚約者のケイコ(藤谷文子)と新居を探す一方で、経営不振に陥ったモンタナ州の牧場で和牛を飼育して収益改善を図る計画を立ち上げる。


 ヒデキは神戸牛づくりの名人ワダ(國村隼)をアドバイザーに迎えて現地入りするが、初日にワダがけがをして、説明会や現地視察をヒデキが一人で行うことに。スーツ姿で事業計画をプレゼンするヒデキだったが、祖父の代から牧場を運営するペグ(ロビン・ワイガート)から見込みの甘さを指摘される。


 やがて、牧場の従業員ハビエル(ゴヤ・ロブレス)やその家族との交流をきっかけにスーツを脱ぎ捨てたヒデキは、文化の違いを越えて土地や仕事を理解することの大切さを学んでいく。


 テレビ番組のディレクターやプロデューサーを長年務めてきたマーク・マリオットの長編映画初監督作。自身が『男はつらいよ 寅次郎心の旅路』(89)で、海外現場に参加した際の経験を基に本作を撮り上げたという。共同脚本に藤谷が名を連ねる。


 異文化交流とカウボーイに関する一種のハウツー物。例えば、乗馬、投げ縄、服装、パーティーの場面でヒデキが無理やり飲まされるバタンガ(テキーラ+コーク)というメキシコの酒など、ヒデキを演じる井浦自身が感じたであろう、カルチャーギャップや戸惑いがそのまま役柄に反映されているところが面白い。


 マリオット監督にインタビューした際、この映画はある意味現代の西部劇なので、それに関連した話になった。


 監督は「ウエスタンではないが、表現が控えめで、沈黙も多いという点で、カントリーミュージシャンの話であるロバート・デュバル主演の『テンダー・マーシー』(83)を参考にした」という。


 また、「今回、モンタナのパラダイスバレーという非常に美しい場所で撮影をした。ここはロバート・レッドフォード監督の『リバー・ランズ・スルー・イット』(92)の撮影地でもある。もともと美しい場所だからやり過ぎる必要はない。俳優にそこで自然に演技をしてもらい、ロングショットでリズム感を得ることができれば、あとはクローズアップで処理すればいい。アングルも狙い過ぎず、自制して撮ればいいものは撮れるという意味では参考にした」と話してくれた。こうした背景を知ってから映画を見るとさらに楽しみが増す。


(田中雄二)

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