「ミステリーの女王」と呼ばれる推理小説家アガサ・クリスティーが1944年に発表した長編小説を原作とした舞台、ノサカラボ「ゼロ時間へ」が10月3日から東京・三越劇場ほかで上演される。ミステリーを専門に舞台を制作しているノサカラボの代表であり、これまでも数々のミステリー作品を手がけてきた野坂実氏が演出を務める本作は、ある貴族の邸で起こった殺人事件を解き明かしていくストーリー。主人公の資産家でプレイボーイのネヴィル・ストレンジを原嘉孝、ネヴィルの最初の妻・オードリーを紅ゆずるが演じる。紅に本作への意気込みや役作りについて、さらには紅自身の「ゼロ時間」(スタート地点)について聞いた。
-ノサカラボには2023年上演の「ホロー荘の殺人」以来のご出演になりますが、当時の思い出を教えてください。
当時、私が最初に感動したのは、お芝居が終わった後に野坂さんからとても細かく、丁寧なノート(ダメ出し)があったということでした。演者は何人もいる中、演出家お一人なのに、昨日と今日の違いについても言及いただき、しかもそれがとても的確なんです。私たちの意見を聞きながらも、こうすれば良いと明確に答えてくださるので、お芝居することがものすごく楽しいと思いました。なので、こうして再びノサカラボに出演できることがうれしいです。
-本格的なミステリーを舞台で表現するのは難しいことだと思いますが、それについてはいかがですか。
本当にミステリーは難しいですね。(「ホロー荘の殺人」を上演した)東京三越劇場は、お客さまとの距離がものすごく近いので、(観客が)嘘だと感じたら興ざめしてしまうんですよ。うそがすぐにバレてしまう距離感なので、どれだけリアルにお伝えできるのかということを大事にしました。
-そうすると、「ホロー荘の殺人」で一番、難しさを感じたのはそうしたいかに観客を引き込むかという点だったのでしょうか。
そうですね。もちろん、全てが難しかったですが(苦笑)。「リアルを目指す」ということ自体がうそだという感じがしてしまうので、何が正しいんだろうと。今回も模索したいと思います。
-では、今作の脚本を読んだ感想を教えてください。
ミステリーではあるけれども、人間関係のもつれを描いた作品だと思いました。(原作の)アガサ・クリスティーは、どのようにその殺人を行ったかという手口よりも、人間模様や人間関係を多く描く作家さんだと思います。野坂さんも人との関わりを大切に描かれているので、原作をさらに凝縮してお見せするという作品になっていると思います。それから、伏線が多数張られている作品ですが、関係ないと思うようなことも実は伏線で…ということがたくさんあるんですよ。全員が犯人っぽいというミステリーはよくありますが、この作品はそうではなく、全員が核心に触れていない。殺人なんか起こりそうにない空気の中、起こるんです。核の部分を全員が避けているような感じがして、犯人を明かしてくれないと犯人が誰か分からないままだと感じる作品でした。
-今回はそうした作品で元妻のオードリーを演じられますが、脚本から感じた役柄の印象は?
控えめな女性という印象です。ただ、控えめに見えるけれども、本当はそれほど控えめではないのかなとも思います。ネタバレになってしまうので、あまり詳しくは言えないのですが、自責の念に駆られるタイプの人だと思うので「私が我慢すればいい」「私が悪かったんだ」という考え方をして自分でなんとかしようとする。それを淡々としているように見えるので、感情を表に出さず、落ち着いた人だと思われがちですが、決して感情がないわけではなく、暗いわけでもないんだと思います。
-ネヴィルと現在の妻のケイ、そして元妻のオードリーが1カ所に集うという状況もまた複雑ですね。
物語の始めはネヴィルとケイとオードリーという三角関係があり、その女性の間で揺れ動く男性のよくある話かなと思ったのですが、進んでいくと全く違う。最初は犯人だと思うような人物も出てこないですし、まるでミステリーとは思えないようなストーリーです。ですが、いつの間にか殺人事件が起きる。ただ、最初の場面から伏線がたくさんあるので、ぜひ見逃さずにご覧いただけたらと思います。
-共演者の皆さんの印象も聞かせてください。
原くんは、あーちゃん(綺咲愛里)と今、共演していると聞いて、勝手に親近感を感じています(笑)。気さくにフランクに話せて、とても面白い方という印象です。一色洋平さんともお話をさせていただきましたが、すごく気が遣えて優しい方。今回、絡むシーンが多いので、どんなお芝居になるのか楽しみにしています。
-ケイ役は鳳翔大さんが務めます。
宝塚時代の同期ですので、とても心強いです。ケイは、オードリーに挑みかかるような役なので、きっと同期や上級生にしかできない役だと思います(笑)。なので、鳳翔だと聞いて、これだけ気心がしれていれば安心だと思いました。彼女と会うのは久しぶりでしたが、昔と全く変わらなくて。華やかで大胆なお芝居をする人なので、すごく合う役だと思います。彼女と一緒にお芝居できるのもうれしいです。
-「ゼロ時間」つまり、スタート地点というタイトルにちなんで、紅さんにとっての「スタート地点」を教えてください。
私のスタート地点は、おそらく、宝塚歌劇団の公演を初めてテレビで見た日だと思います。その日は土曜日で、ランドセルを背負って家に帰ってテレビをつけたら、すごく華やかなステージがやっていて。それが宝塚だったんです。ランドセルを下ろすことも忘れて見入ったっていうのが、私の人生の大きな運命のゼロ地点だったのだと思います。そのテレビを見て、私はこれしかないと思いました。絶対に入ると。
-そこから音楽学校に向けてスタートしたのですね。今、紅さんにとって宝塚とはどんな存在ですか。
私の基盤を作ってくれた場所かなと思います。基盤を作ってくれた場所で、紅ゆずるができた場所。
-なるほど。スタートという意味では、退団した時もまた新たなスタートだったのでは?
その時は、スタートとは思いませんでした。もう全てが終わった気がして。この後、何がやりたいのかも分からなくなっていましたから。
-そうすると、その後、俳優としてやっていこうと考えるようになったのは、どんなきっかけがあったのですか。
きっかけというのは特になかったように思います。退団した4日目には仕事をしていましたし、その1カ月後に事務所にも入りましたが、自分の中ではまだ気持ちが定まっていなかったので、何をやりたいのかも分からずにいました。ただ、やるからには応援してくださるファンの方のためにも、もちろん自分自身のためにも、本腰を入れて取り組んでいきます。
-これから先については、今はどのように考えていますか。
何になりたいというよりは、紅ゆずるにしかできないものがあるのではないかなと思っています。お芝居は好きなのでやっていきたいですが、自分が何をやりたいのかを探していきたいですね。
-改めて公演に向けての意気込みを。
この役になりきるための要素を1つでも多く見つけて、自分の中に入れたいと思っています。そして、舞台に立つ時には、紅ゆずるではなく、オードリーとして立っているのが目標です。ミステリーですが、ただのミステリーではないので、それもまた楽しみに来ていただけたらなと思います。
(取材・文・写真/嶋田真己)
ノサカラボ「ゼロ時間へ」は、10月3日~9日に都内・三越劇場、10月13日・14日に大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールで上演。