東京の片隅で暮らし、美容脱毛サロンで働く21歳のカナ。同棲中の恋人ホンダ(寛一郎)との生活に退屈したカナは、映像クリエーターのハヤシと新生活を始める。だが、まもなく2人のペースはかみ合わなくなっていき、ストレスを募らせたカナは…。
9月6日から全国公開となる『ナミビアの砂漠』は、主人公・カナの日常を通して、2020年代を生きる若者の姿をビビッドに描いたドラマ。2024年5月に開催された第77回カンヌ国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞を受賞した注目作だ。公開を前に、カナ役の河合優実とハヤシ役の金子大地が、撮影の舞台裏を語ってくれた。
-お二人の息の合ったお芝居がカナの強烈な存在感を際立たせ、最後まで目が離せませんでした。河合さんは山中瑶子監督と俳優デビュー前の高校時代に出会い、「いつか出演したい」と伝えていたそうですが、出演が決まって脚本を読んだときの印象は?
河合 すごくワクワクしました。高校生のときに出会った方とお仕事できるなんて思ってもいませんでしたし、脚本もとびきり面白かったので。
金子 僕も面白い映画になるのは間違いないと思った。河合さんと山中監督の関係も聞いていたので、絶対いい作品にしたいとも思いました。ただ、どんな映画になるのか、まったく想像がつかなくて。
河合 わかります。監督も迷いながら書き上げたらしく、余白の多い脚本だったんですよね。でも、読んだみんなが、「絶対面白いものになる」という共通認識だけはあって。カナは人に対して不誠実だし、エキセントリックでうそもつくけど、独特のモラルがあり、どこかチャーミングで身近にいそうな雰囲気がある。そういうカナの魅力は最初から感じ取れたので、それを頼りに、みんなで形にしていったような感じで。
金子 ハヤシはカナありきのキャラクターだったから、どう演じるかは、河合さんが演じるカナを実際に見ないとわからないと思った。
河合 その点、ほぼ全シーン、撮影前にリハーサルができたのはよかったですね。カナやハヤシがどんな気持ちで、今のせりふで2人の関係はこう変わりました、と細かく確認できたので。みんなで「このシーン、どうする?」と話し合う時間も持てましたし。
-現場でのお芝居は、山中監督と相談しながら?
河合 山中監督の指示に一方的に従う形ではなく、俳優側にも委ねてくれる部分があり、場合によっては進行を止めて話し合う時間も作ってくれました。
金子 監督が見たいもの、ワクワクするもの、ドキドキするものはあったはずだけど、あえてそれを伝えることは避け、探りながらやっていた気がする。だから、「こうすればいいと思うんですけど…」という僕の意見も受け入れてくれました。その分、「これでいいんだ」と安心することができず、気が抜けなかった。でも、それがよかったのかなと。
-恋人でありながら緊張感のあるカナとハヤシの関係は、そういう山中監督の演出が生んだものかもしれませんね。現場の様子はいかがでしたか。
河合 ワンシーン、ワンシーン、みんなが面白がりながら撮っていました。「このシーン最高!」みたいな空気が毎日のように漂い、カメラマンの方も「毎日楽しい」と言っていて。もちろん、緊張感のあるシーンもあるんですけど、映画作りをみんなが楽しんでいましたよね。
金子 ものすごく楽しんでいたね。若い人たちが集まっていたせいか、熱量も高くて。しかも、仕事ではあるんだけど、それ以上にクリエーティブなことを考える人たちばかりでした。
河合 山中監督も「毎日、全シーン面白いんですけど、面白いシーンを立て続けに見ることが映画なんでしたっけ? わからなくなってきました」と言っていて(笑)。それくらい毎日、見たことないものができている実感はありました。
-現場でリーダーシップを取る方はいたのでしょうか。
金子 ぐいぐい引っ張るわけではありませんが、山中監督と河合さんが、現場を作っていた気がします。みんなが山中監督を信じ、監督が「うーん…」と考え込んだときも、誰もがその決断を信じて待って。さらに、そういう山中監督の思いを河合さんがいち早くつかみ、現場を締めてくれました。だから、撮影が止まっても、何の不安もなかったです。むしろ、「山中監督を悩ませた方が面白いのでは?」と思ったくらいで。
河合 山中監督には、みんなが寄り添いたくなるようなところがあるんですよね。「このシーン、どうしよう?」となったとき、みんなが監督の中にあるものをすくい取りたくなるような、人を引き寄せる力がある。私自身、「誰も見たことのない面白い映画を作るんだ」という監督の思いを絶対的に信頼していたので、積極的にそれをキャッチしに行きたくなりましたから。
金子 みんながこの作品を良くしようと思って動いたのは、山中監督の人柄のたまものだよね。そういう姿勢がすてきで、今まで経験したことのない現場のあり方だと思った。おかげで、とても濃密な経験ができ、最高の現場だった。
-現場の雰囲気の良さがうかがえるお話ですが、その結果、完成した映画の印象は?
金子 最初は自分の芝居が気になり、冷静に見られませんでしたが、2度目はすごく面白く感じた上に、カナが本当に魅力的で。かっこ悪いんだけど、かっこよくてかわいい、みたいな、一言で言い表せない不思議な魅力があり、今までいそうでいなかったキャラクターだなと。
河合 私も最初は冷静に見られませんでした。でも、2度目に見たら、やっぱりすごく軽やかでかっこいい映画だなと。取っ組み合いのケンカをしたり、かなり激しいことが起きるんですけど、明るいんですよね。山中監督が「元気が出る映画」と言っていましたが、ポジティブなエネルギーをもらえる映画になったんじゃないかなと。
金子 カナの熱量が高すぎて、人によってはくらくらしちゃうかも(笑)。
河合 そうかもしれませんね。生命力があふれすぎていて(笑)。
金子 でもそんなふうに、見る人からいろんな感情を引き出すということは、いい映画なんだと思う。
河合 自分が演じた分、完全に客観的にはなれませんが、私もカナが大好きです。不器用な女の子で、「駄目だよ」「そんなことをしても意味ないよ」「いつか彼氏たちに謝りなよ」とか、言いたいことはたくさんあるんですけど。でもいつかきっと、カナは自分のことも他人のことも大切にできる気がします。
-本作は2024年の第77回カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞しました。お二人も映画祭に参加しましたが、感想は?
河合 うれしかったです。ただ実は、クランクアップする頃には、この映画はすごいところに羽ばたいていくんじゃないか、という予感はありました。さすがにカンヌの受賞までは予想できませんでしたが。だから、うれしさと同時に「やっぱり!」という気持ちも少しありました。
金子 僕も作品には自信があったけど、文化が違う国の人に、カナの魅力が伝わるのか半信半疑でした。でも、カンヌでは皆さんがすごく楽しんでくれて。日本映画が世界に通用することを実感し、自分に自信がつくと同時に、さらに頑張ろうとモチベーションが上がった。
-河合さんは念願の山中作品への出演が実現した今、どんな手応えを感じていますか。
河合 経緯を含めて、これまでの人生でこういうことは他になかったので、私にとって山中監督は特別な存在です。だから、またご一緒したいと思っていますが、軽々しくそう言えない怖さがあります。今回宝物のような経験ができた分、それ以上の作品にしなければ、というプレッシャーもあって。でも、必ずまた一緒に映画を作りたいです。
(取材・文・写真/井上健一)
9月6日 TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー