
現在の40~50代の男性にとってこの人は時代のアイコンとして存在しているに違いない。モデルから女優に転じ、“2時間ドラマの女王”として名を馳せ、現在に至るまで様々な作品に出演してきた女優の夏樹陽子。40年に迫る長きキャリアを積んできた彼女が久々に映画の主演を務めた。
今回の主演作『あいときぼうのまち』は、福島出身の菅乃廣監督をはじめスタッフとキャストが一丸となり、鎮魂の想いを込めて“福島”を描き切った力作だ。ただ、今震災を描くことはいろいろな意味で難しい。社会にコミットするということで出演する俳優も決断が迫られる。でも、躊躇はなかったと彼女は明かす。「この作品で描かれるような問題に私はきちんと向きあいたい。なので、ひるむことはありませんでした」。
むしろ、どこかで待ち望んでいた作品だった。「震災後、被災地に救援物資を送るなど、自分なりにできることをずっとしてきました。ただ、私はやはり女優なので演じることで何かお役に立てれば本望で。今回はふたつ返事でお引き受けしました」。
映画は東電に翻弄された四世代の家族を主軸に、70年に渡る福島の歩みを日本の歩みと照らし合わせながら描く。特筆すべきは原発問題を点で捉えていないことだ。長き歴史という線で捉えられたドラマは、原発問題の本質に肉薄。同時に単に“福島で起きたこと”では片付けられない日本で繰り返される悲劇の構造までもが浮かび上がる。「原発事故を福島で起きたことで済ましてはならない。日本で起きたことと考えなくては。福島の人々に想いを馳せ、日本人の歩んできた過去と現在を見つめたとき、みえてくることがたくさんある。その上で、これからの未来を考えていかないといけない気がします」。
劇中で、演じたのは原発建設に最後まで反対した父をもち、不遇な少女時代の記憶が今も甦る愛子。還暦で“あの日”を迎えた彼女と孫娘の怜子に訪れる突然の別れと切れることのないつながりにもまた深い意味が隠されている。「東日本大震災では多くの人が深い悲しみに直面されたと思います。でも、誰のせいでもない。自分自身を責めないでほしい。私はそんなことをふたりが互いに抱く愛情から感じとりました」。
最後にこうメッセージを贈る。「悲しいけど人は忘れやすい。だから、こういった作品を通し、震災を後世に伝えなくては。この作品が福島の人々及び震災で傷ついた方々の心に小さな希望の火を灯すものになってくれたらうれしいです」。
『あいときぼうのまち』
6月21日(土)よりテアトル新宿ほかにて全国公開
取材・文・写真:水上賢治