
『鉄西区』『三姉妹 雲南の子』などで世界的な注目を集めてきた中国のワン・ビン監督の最新作は、雲南省の精神科病院の内部にカメラを持ち込んだドキュメンタリー。中国には1億人以上の精神病患者がいると言われ、この病院には200人余りの人々が収容されているという。
映画はナレーションもインタビューもなく、大勢の男性患者が収容された3階の日常を淡々と映し続ける。突然、上半身裸になって廊下を走り出す者、騒ぎを起こした罰として手錠をかけられた者。ベッドのシーツは汚れていて、部屋の中で排尿する者もいる。人権的にも衛生面も問題だらけで、こんな施設で心の病が治るのかという不安が脳裏をよぎる。観ていて気が滅入ってくる作品だ。
ところが辛抱強く画面に見入っていると、微妙な距離感の長回しショットが異様な迫力を発揮し始める。ワン・ビンが見つめるのは、廊下のベンチで体を揺すったり、しきりにスリッパで壁を叩いたりする患者たちの意味不明の行動だ。ある患者は「ここでは考えることしか、やることがない」と呟き、別の患者は「ここに長くいると精神病になる」と言う。ブラックジョークのようだが、冗談ではない。精神病の治療と称してここに閉じ込められ、問題を起こさないように、何もやることのない毎日を何年、何十年と強いられている人々の実態が、恐怖映画のような戦慄とともに照らし出されていく。しかもラストのテロップによれば、政治的な陳情行為をした者や国のひとりっ子政策に違反した者も“異常”と見なされ、本人の自発的意思とは関係なく入院させられているという。まさに“収容”病棟である。
そしてワン・ビンのカメラは、他人のベッドに潜り込んだり、別の階の女性患者と鉄格子越しに愛を育む患者たちをも捉えていく。はてしなく続く虚無の中で、他者の温もりを欲して幽霊のようにさまよう人間の姿に驚き、息をのまずにいられない。また劇中には、一時退院した若い患者が実家に戻るエピソードがある。しかし所在なさげに散歩に出たその青年は、昼も夜も延々と歩き続け、ついにはカメラを置き去りにして暗闇の彼方に消えてしまう。いったい彼は、どうなってしまったのだろう!
『収容病棟』
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文:高橋諭治