変わってきた「離婚しない理由」

息子の反抗期は成長につれて穏やかに収まっていき、無事に高校に進学してからは勉強にもよく励み、浪人することなく地元の大学に合格します。

「荒い行動は落ち着いたのですが、自分に厳しく当たるばかりだった夫とは、その後も仲が戻ることはなかったですね。

息子も、どう接すればいいかわからなかったと思います」

どうにかコミュニケーションが戻ってきた家のなかで、自分を外して母親とまた楽しく話している息子を、夫はどんな思いで見ていたのでしょうか。

「息子が『県外で就職したい』と言ったときに、改めて離婚を考えました。別れるなら、このときがベストだろうなと」

仮面夫婦状態は相変わらず続いており、家にふたりのときは食事の用意もしなくなった道代さんは、「洗濯だけは私がしていたので、出されている服を見てああ生きてるなと感じるくらいでしたね」と、笑いながら言います。

それでもやはり離婚に踏み切らなかったのは、

「私にとってはもう悩むほどの存在じゃないからですね。生活費は相変わらず折半して入れているから生活には困らないし、息子の学費も負担は半分ずつを守っているし、あえて離婚しなくてもこのままで邪魔にはならないというか。

今さら離婚して片親になったなんて、息子に肩身が狭い思いをさせるのも嫌でした」

と、夫の存在感の薄さが理由です。

忘れている「現実」とは

仕事は順調で係長に昇進した今こそ、己の価値を実感できて使えるお金も増えて、「楽しいですね」と道代さんは笑顔を見せます。

県外で就職したいと言っていた息子は、大学を卒業後は地元の会社を選び、ひとり暮らしを始めるために家を出ました。

息子が住むアパートの内覧も、不動産会社との契約もいっさい姿を見せなかったという夫は、「息子から敷金や礼金などの話は聞いていたと思いますが、やっぱり一円も出さなかったですね」と、道代さんが貯金から出したといいます。

「息子の反抗期をきっかけに変わってしまった我が家とは思いますが、夫に同情はしません。

逆に、離婚されないだけましじゃないですか」

道代さんがこう言い切れるのは、今や息子にも振り返ってもらえなくなった夫の姿は「自業自得」だからと思うからです。

ただ、道代さんが忘れているのは「夫のほうから離婚を切り出される」可能性。

夫婦ふたりきりとなった今、離婚する自由は夫にも対等にあり、収入があるのならなおさら、新しい人生を選ぶことはできます。

「息子にも自我がある」と自分で口にした通り、息子の気が変わり改めて父親との関係の修復を望めば、知らないところで新しいつながりを手にする可能性もあります。

熟年離婚は、年を取っているからこそ気軽に選べるものではない一方で、水面下で準備を進めていた配偶者がある日そのカードを切ってくる現実は、多々あります。

配偶者を下に見るのは自由であっても、その油断がどう影響するか、どこかで今の状況を冷静に考える機会が必要ではないでしょうか。

自分を苦しめてきた配偶者を楽にさせない目的で離婚しない、という人も実際にいます。

愛情で結ばれたはずの夫婦がネガティブな感情を抱きあう過程には、さまざまな思惑がありますが、忘れていけないのは離婚の自由はどちらにもあることです。

今後の生活の変化についても、正しい判断が自分を救うといえます。