COMPUTEX TAIPEI 2025 ASUSブースで初登場した「ASUS Ascent GX10」

かつて、ASUSの創業者ジョニー・シー会長に話を聞いたとき、忘れられない印象的な言葉があった。「欲しいものを言ってください。なんでも作ってみせましょう」。もともとエンジニアであるジョニーさんの、この一言を聞いて、ASUSという会社のDNAが理解できた気がした。最近の日本のPCメーカーにはなかなか見られない。チャレンジングで何が出てくるかわからないびっくり箱のような会社。特に昨今、AI需要の爆発的な拡大に伴って、一体どんなマシンを市場に投入してくるのか、大いに楽しみだ。 最近で最も驚いたのが、ASUSがこの秋に発売した小型のAIスーパーコンピューター「ASUS Ascent GX10」。日本でも徐々に出回り始めた。AI界隈の人たちからは「ぜひ欲しい」という声が、あちこちから聞こえてくる。昨今のメモリーなどの価格高騰で、今後値上がりしてしまうかもしれないが、メモリーが1TBモデルで約60万円。NVIDIAのGPUを有効活用できる「CUDA対応」でありながら、この価格は破格の「安さ」なのだという。ちょっとデカめな弁当箱ほどの筐体は、ミニPCに分類されるコンパクトボディー。これに「1000TOPS」のAI性能を詰め込んだ。私が使っているノートPCは45TOPS。Copilot+ PCの最低条件である40TOPSをぎりぎりクリアするレベルだ。1000TOPSは、その22倍ものAI性能を備える。GX10は、5月に開かれたCOMPUTEX TAIPEI 2025のASUSブースで、現物が展示されていた。1000TOPSという説明を聞いて驚いた。「1000?」と、思わず聞き返したぐらいだ。

1TOPSは1秒間に1兆回の演算ができる性能を示すが、実にその1000倍。1秒間に1000兆回の演算を行うことができる。これぐらい単位が大きくなってくると、もはや何が何だかわからない規模だ。いわゆる「激重のローカルLLM」をぶん回すような運用にも向いているという。AI活用の場面では、取り扱うデータ量は膨大になる。クラウド上のAIサービスを使う限り、通信負荷やタイムラグは無視できない。使えば使うほど利用料も膨大な額に積み上がっていく。AI活用の現実的なシナリオとして、AI処理の大部分は自らのPCで行い、補助的な用途としてクラウドを活用、という形に落ち着きそうだ。GX10のようなスーパーマシンも低価格化が進み、どんどん普通に使われるようになっていくだろう。「普通の人」が日常的にAIをガシガシ活用する様が目に見えるようだ。しかし問題は残る。膨大なデータをどうやって持つか、だ。

今や、現代人にとってデータはある意味で人生そのもの。スマートフォンで撮った写真から旅行先で撮った動画、メール、ちょっとしたメモ、会議での録音、仕事で自分が作成したドキュメント……。さらに、AI活用の進展とともに、あらゆるものがデータ化されていく。全ての会話、全ての動作、見たもの聞いたものすべて……。仮に死んでも、残されたデータからその人が蘇生できるのではないか、と思えるほどのデータに埋もれつつ生きていくことになる。そうなると、大事なのは「どうやって膨大なデータを安全に壊さないよう保持し続けることができるか」だ。HDDは壊れる。SSDもたいして変らない。クラウドは多少安全そうに見えるが、絶対ではない。この答えはASUSにないのか?

ASUS Desing CenterのH.W.ウェイ Associate VPに尋ねると「ASUSには、AIを活用したメディア管理・整理アプリケーション『ストーリーキューブ』がある。写真や動画などの大量のコンテンツを簡単・効率的に整理したり、検索したりできる便利なものだ。今後こうしたツールを発展させながら、重要なデータの保存や活用についてのサービスや製品を考えていくことになるだろう」と話す。私は以前から1家に1台は「データ冷蔵庫」が必要だ、と提唱してきた。思えば「冷凍庫」と言ったほうがより正確かもしれない。NASのようなものだが、それよりずっと安全で大容量。放っておいても腐らず延々とデータを保持し続けることができる機械だ。AIによってデータの整理や活用には光が見えてきた。後は「どう安全に保存するか」だけ。そう遠くない将来、ASUSがきっと何かやってくれるのではないかと期待している。

先日、常用している動画編集ソフト、Blackmagic Designの「DaVinci Resolve」が立ち上がらなくなった。最新バージョンにアップデートして以降のことだ。何度アップデートをやり直してもダメ。アンインストールして、インストールし直してもダメ。おそらくWindowsそのものをインストールしなおせば治るだろうと、わかってはいた。しかし環境の再構築の時間と手間を考えれば、絶対にやりたくなかった。観念してサポートにメールを送って助けを求めた。すると、動画編集ソフトのフォルダーにある、あるファイルを実行しろとの指示。アプリやPCの状況を収集してファイルを自動生成するのでそれを送れ、という。言うとおりにファイルを送った。サポートとの何度かのキャッチボールの後、Windowsのファイルが壊れているのでは、との指摘があった。当該ファイルを復元すると、ビンゴ!。編集ソフトが元通り動くようになった。これまで経験した中で最も的確で素晴らしいサポートだった。しかし……。これこそAIが担うべき分野ではないか。かつて付属していた分厚いマニュアルのように、PCメーカー自身が「AIトラブルシューター」のようなものを提供すべきではないのか。

ASUSは現在、AIをどう活用しようとしているのか。ASUSシステム部門のピーター・チャン アジア太平洋地域ジェネラルマネージャーに聞くと、「社内での活用としては、会議などのサマリーをAIに作らせたり、市場環境の分析に使ったり、という活用方法が考えられる。SEOの最適化などでも有効だろう。AIをどこに活用していくか分析するタスクフォースも立ち上がった。製品開発でも利用は増えていくだろう」と話す。では「AIトラブルシューター」のようなサービスはどうか。「その方向でプロジェクトを進めている。現在はデータベースの持ち方を整理している状態。これが完了すれば、使いやすいサービスが提供できるのではないか」と見る。マザーボードのトップメーカーでもあるASUSには、膨大なトラブルシューティングのデータが眠っているはずだ。それを生かさない手はない。彼らならやってくれるに違いない。PCメーカーでは、NECが既に同様のサービスを提供し始めている。精度としてはまだ不十分だが急速に進化していくだろう。この動きがPCメーカー、そしてデジタル製品全般に広がっていくことに期待したい。

AI時代の幕開けはASUSにとっても絶好のチャンスに違いない。「全ての製品が成功するわけではないが、ユーザーの求めることに耳を傾けながら、チャレンジは常に続けていきたい」(チャン マネージャー)。彼らのチャレンジが、我々ユーザーに「とんでもない恩恵」をもたらすことになるかもしれない。イノベーション魂からどんなものが生まれるのか……。ワクワクしながら待っていよう。(BCN・道越一郎)