K-POPや韓国ドラマは、エンターテインメントであると同時に、韓国社会を映す鏡でもある。何気ない言葉やしぐさ、習慣の背景をたどると、その国ならではの価値観や歴史、人との関わり方が見えてくる。この連載では、韓国カルチャーを入り口に、知っているようで知らない韓国を読み解いていく。

▽タメ口論争


 日本人が韓国語に親しみを覚えるきっかけの一つが、パンマル(タメ口)だ。2000年代初め、カジュアル韓国語の草分けとなった韓国語入門書では、「サランヘ(愛してる)」「チンチャ?(まじ?)」「クィヨウォ(かわいい)」といったパンマルのフレーズが数多く紹介され、「韓国語らしい、親しみやすい話し方」というイメージとともに広まっていった。


 ところが、韓国ドラマを見ると、その印象はがらりと変わる。初対面の相手が、いきなりタメ口で話しかける。すると言われた側が「オディソパンマリヤ(どこに向かってタメ口をきいてるんだ)」と詰め寄り、たちまち口論になる。「ヤ、ノマリチャルタ(おい、語尾が短いぞ=敬語になってないぞ)」と相手の話し方そのものを責める表現まである。


 タメ口をきっかけにしたケンカが、これほど繰り返し描かれるのはなぜなのだろうか。


▽パンマルとは何か


 韓国語の教科書では、パンマルは「年下や目下の人に使う話し方」と説明されることが多い。実際、韓国語を学ぶ人もまずそのように覚える。日本語に訳すなら「タメ口」だ。ただ、韓国でのパンマルは、単なるくだけた話し方では終わらない。敬語が相手への敬意や距離を表す言葉だとすれば、パンマルは、その敬意や距離を省いた話し方でもある。


 だからパンマルを自然に使えるのは、本来、気を遣わなくていい相手だ。家族や親しい友人、恋人など、お互いに「もう敬語はいらない」と思える関係なら違和感はない。ところが、まだそんな関係ではない相手にパンマルを使えば、「対等に見ていない」「下に見ている」と受け取られることがある。


 もちろん、日本語にも似た感覚はある。だが韓国では、日本よりも、敬語とパンマルの使い分けが人との距離や上下関係を映し出す重要な手掛かりになっている。


 その背景には、幼い頃から身につける敬語の文化がある。


 韓国では幼稚園の頃から敬語を徹底して教えられる。給食では先生に「先生様、先に召し上がってください」と声をそろえ、家庭でも祖父母には「モゴ(食べて)」ではなく「チンジチャプスセヨ(お食事を召し上がってください)」と言う。「パプ(ご飯)」という名詞まで「チンジ(お食事)」に変わるなど、敬語は動詞だけでなく語彙(ごい)そのものにも及ぶ。


 こうして育つ韓国人にとって、パンマルは単なる話し方ではない。「この人とはどんな関係なのか」を映し出すサインでもあるのだ。

▽ドラマが映すパンマル


 その感覚は、ドラマを見るとよく分かる。


 「トッケビ」では、中年女性がチキン店の若い女性店主を従業員と思い込み、高圧的なパンマルでまくし立てる。店主は最初こそ敬語で受け流すが、無礼が続くと、すっとパンマルに切り替える。そして「私もパンマリ(半羽)しか注文しない人は嫌いだわ」と切り返す。「パンマル(タメ口)」と「パンマリ(半羽)」を掛けた言葉遊びだ。


 問題だったのは、パンマルそのものではない。本来なら敬意を払うべき初対面の相手を、いきなり「敬語を使わなくていい相手」と決めつけたことだった。


 もっとも、パンマルを使えるかどうかは、年齢だけで決まるわけでもない。それを教えてくれるのが、ドラマ「ムービング」の一場面だ。


 国家情報院の若い女性職員は、エレベーターで8歳年上の男性から「アガシ、ミョッチュンガ?(お嬢さん、何階に行くんだい?)」とパンマルで話しかけられる。女性も「オチュンガ(5階)」とパンマルで返す。


 違和感を覚えた男性は、「前回はマルシルス(失言)かと思ったが、そうじゃないようだ」と年齢差を持ち出す。ところが女性は「あんたの方が8歳上ね」と意に介さない。理由は一つ。年齢では男性が上でも、組織では女性の方が先輩だったからだ。


 パンマルは年齢だけでは決まらない。立場や組織での序列、親しさまで含めた人間関係全体を映し出す、まさに関係のバロメーターなのである。


 一方、「二十五、二十一」では、18歳の高校生ヒドが青年イジンを同年代だと思い込み、パンマルで話している。ところが、相手が年上だと分かった瞬間、口をついて出たタメ口の語尾に、慌てて「ヨ(です)」を継ぎ足す。


 「スムサルチュム・テヌンジュル・アラッソ…ヨ(二十歳くらいかと思った…です)」


 韓国語は文末に「ヨ」を付けるだけで敬語になる。ワンテンポ遅れて「ヨ」が付くたびに、ヒドの動揺が伝わってくる。わずか4歳差でも、年齢が分かった瞬間に言葉を切り替えずにはいられない。その一文字に、韓国社会で敬語が持つ重みが表れている。

▽タメ口は関係性のサイン


 こうしてドラマを見比べると、一つのことが見えてくる。パンマルを使えるかどうかは、年齢だけで決まるわけではないということだ。年齢や立場、組織での序列、そして親しさ。そのすべてを踏まえて、「この相手には敬語を使わなくていい」と判断したときに初めて、パンマルは自然になる。言い換えれば、パンマルは人間関係そのものを映し出すサインなのである。


 もちろん、これはドラマの中だけの話ではない。韓国では実際にも、パンマルをきっかけに口論や暴力事件へ発展した例が報じられている。親子や恋人、親友の間では年齢に関係なく自然に使われる一方、初対面の相手へのパンマルは、「あなたを対等な相手とは見ていない」というメッセージとして受け取られることもある。


 だからこそ、パンマルをきっかけにした言い争いには「パンマルシビ」という言葉まである。「シビ」は言いがかりやいさかいを意味し、パンマルをめぐる口論やトラブルを指す。話し方一つを表す言葉にとどまらず、それが原因となる争いを表す固有の言葉があること自体、パンマルが韓国社会で身近で、重要な意味を持つことを物語っている。


▽推しをもっと理解するために


 K-POPや韓国ドラマを楽しむ人にとって、パンマルはまず「使う」より、「聞き分ける」ことに意味がある。


 誰が誰にパンマルで話し、どこで敬語へ切り替えるのか。そこが分かるようになるだけで、字幕だけでは見えなかった人物同士の距離感や、心の動きまで見えてくる。


 幼い頃から身につけた敬語感覚を、外国人がそのまま再現するのは簡単ではない。だから無理に使おうとしなくてもいい。まずは聞き分けられるようになること。それだけでも、推しの何気ない一言やドラマの会話は、これまでとは違った立体感をもって聞こえてくるはずだ。

筆者プロフィール

たんふる先生(韓活韓国語ラボ)。韓国語・韓国文化研究者。NHKラジオ語学講座で講師を務めた経験を持つ。K-POPや韓国ドラマ、SNSの言葉をデータとして読み解き、教科書には載りにくい韓国語や韓国文化の面白さを発信している。