外来の楽や舞を取り込みながら、独自の発展を遂げた日本の古典芸能・雅楽。そのうち舞を伴うのが「舞楽」です。舞楽装束の中世から近世の変遷をたどり、その美を楽しみましょう。


国宝・重要文化財を多数含む舞楽装束の優品ならびに資料、約50件を展示します

 五世紀よりもたらされ始めた外来の楽や舞を取り込みながら、独自の発展を遂げた日本の古典芸能・雅楽のうち、舞を伴うのが「舞楽」です。その装束は、舞の担い手である宮廷武官の制服を華やかに変化させたもの。曲の由来により中国系は「左方」、朝鮮半島系は「右方」と呼ばれ、それぞれ赤、青を装束の基調色としました。
 舞楽は宮廷のみならず有力な寺社でも盛んにおこなわれ、高野山の鎮守社である天野社(現 丹生都比売(にうつひめ)神社)伝来の装束には、14~15世紀の染織技術を駆使した魅力的なデザインの作例が残されています。応仁の乱(1467~77)に端を発する戦国の混乱により雅楽は大打撃を受けますが、朝廷や権力者によって復興、やがて統制されます。それにつれて装束も、宮廷ならびに東西の主要寺社では共通性の高いデザインに収斂していきます。この様子を、聖徳太子創建と伝えられ悠久の舞楽の伝統を今に受け継ぐ大阪・四天王寺の装束、そして45年ぶりに公開される、徳川将軍家ゆかりの栃木・輪王寺所蔵の装束などでご覧いただきます。
 時を超えて今日まで守り伝えられた舞楽を彩る装束の美を、国宝、重要文化財を多数含む約50件を通じてご堪能ください。

プロローグ

古代、海外から日本に導入された舞楽とはどのようなものだったのかをうかがわせるのが、この「舞絵(まいえ)」です。ここには、のちに宮廷武官の制服と結びついて発展する舞楽装束の原形が見られます。

舞絵(部分)1巻 紙本墨画 日本・室町時代 14~15世紀 京都・陽明文庫蔵

1.高野山天野社の舞楽装束―中世染織の粋― 

弘法大師空海が金剛峯寺を建立するにあたり神領を寄進したとされるなど、古くから同寺と密接な関係にあった天野社(丹生都比売(にうつひめ)神社)。修学を妨げるとして管弦歌舞が禁止されていた高野山にかわり、同社では定期的に舞楽奉納を伴う法会が行われました。
ここでは、13世紀から15世紀まで行われた一切経会(いっさいきょうえ)の装束類をご紹介します。


重要文化財 水干 薄紅地薔薇反橋模様 1領 麻地、刺繡 日本・室町時代 享徳3年(1454) 和歌山・金剛峯寺蔵
中世染織技巧の粋
薄紅色の地に蔓薔薇や反橋を刺繡した一幅仕立ての童水干(わらわすいかん)。背面には優雅な曲線を描く蔓薔薇、両袖には反橋を、多彩な色糸とさまざまな繡技を駆使してあらわす。なかでも渡し繡は、糸を表面のみで往復させながら面を埋める技法で、桃山時代の小袖に多用された。本作は、その嚆矢として注目される。



宮廷の舞絵―貴重な中世の舞楽図巻
アメリカ・サンフランシスコ・アジア美術館蔵の「舞楽図巻」(1巻 紙本着色 室町時代 応永15年(1408))は、巻末の紀年銘により、成立が中世に遡る数少ない舞楽図巻です。公卿・山科教言(やましな のりとき 1328~1411)の日記「教言卿記」に登場する、栂尾宮義仁法親王(とがのおのみや ぎにんほっしんのう)所蔵の舞絵三巻を楽人の安倍季英(あべのすえひで)に写させたうちの一巻と推測されます。着色による詳細な描写を通じ、中世の舞楽装束の着装の具体的な姿を見てみましょう。
現存最古の金襴裲襠(きんらんりょうとう)と謎の裲襠裂(りょうとうぎれ)

重要文化財 裲襠 紺地二重蔓牡丹唐草模様 1領 絹 日本・南北朝時代 永和4年(1378)銘 東京国立博物館蔵 Image: TMN Image Archives
この毛縁(けべり)の裲襠は、裏地の墨書から、永和4年(1378)に「高野山丹生(にう)社」(天野社)へ施入されたことが知られる。舶来の金襴を贅沢に用いた装束の完全な形を保つことと併せ、基準作として極めて重要。




裲襠裂 紅地二重蔓牡丹唐草模様 1枚 絹 日本・南北朝~室町時代 14~15世紀 埼玉・遠山記念館蔵

現在は解体され原形が不明だが、かつては毛縁の裲襠であったことが、昭和11年(1936)の売り立て目録の写真から判明した。逆雫型の襟ぐりの形状、金襴の模様が、前掲の東京国立博物館蔵の裲襠と似ていることから、近い時代の制作の可能性が指摘される。
麗しき異国の王の舞
舞楽「陵王」(「蘭陵王」「羅陵王」ともいう)は、走舞(はしりまい)と呼ばれる動きの早い舞曲の代表で、絵画にも多く描かれてきました。
ここでは「陵王」に用いられている装束の種類に着目し、これらを身に着けるとどうなるのか絵画の中の舞人との対応をご覧に入れます。

羅陵王図 伝 土佐行秀筆 1幅 紙本着色 室町時代 15世紀 根津美術館蔵 植村和堂氏寄贈







2.大阪・四天王寺、栃木・輪王寺の舞楽装束―近世の華やぎ―

平安時代に宮廷芸能として興隆した雅楽は武家の間でも行われ、その伝統は室町時代前期までは比較的よく保たれていました。しかし、応仁の乱(1467~77)の勃発と長引く戦乱により、宮廷の雅楽文化が壊滅、楽人は離散し所用具も散逸します。
 16世紀後半になり、天皇や豊臣家をはじめとする権力者の支援により再び華やかさを取り戻しました。17世紀に政治の中心が江戸に移ると、新たな寺社が建立され、関東にも大々的な舞楽奏演の基盤が整えられました。
大阪・四天王寺の舞楽装束 ―天下統一を果たした豊臣家の文化事業―
聖徳太子建立と伝えられる大阪・四天王寺(してんのうじ)では、法要を荘厳するために古くから舞楽が行われてきました。天正4年(1576)、四天王寺は兵火により焼失し舞楽所用具も失われますが、豊臣家の寄進により再興されます。今に至るまで修理を重ねて大切に使われ続け、1966年に国の重要文化財に指定されました。


重要文化財 太平楽装束一式のうち袍 絹 日本・桃山~江戸時代 16~17世紀 大阪・四天王寺蔵
聖徳太子の御霊を慰める「太平楽」
聖徳太子の御霊を慰める「聖霊会」(しょうりょうえ)の法要の部の終わりを告げる舞として欠かせない「太平楽」の装束。本展では甲冑や武器などを含む一式から11点を展示する。



栃木・輪王寺の舞楽装束 ―近世舞楽装束の最高峰―
栃木・日光山輪王寺の舞楽装束は、三代将軍・徳川家光によって、寛永13年(1636)の日光東照宮の大造替ならびに徳川家康二十一回忌祭礼に合わせて調進されました。それらは、あらゆる舞楽曲に対応するだけの800点を超える大揃の装束群であるのみならず、細部に至るまで卓越した技が尽くされている点で貴重であることから、1983年に一括して重要文化財に指定されました。

珍しい二色の袍
童子による舞楽「迦陵頻(かりょうびん)」専用の装束は、小鳥文と花文の端正な刺繍が目をひく。同曲は左方の舞であるため通常は赤い袍を着用するが、輪王寺には赤と青の両方の色の袍が伝えられているのが珍しい。

重要文化財 迦陵頻 袍 赤地小鳥花模様(左)・萌黄地小鳥花模様(右) 絹 日本・江戸時代 17世紀 栃木・輪王寺蔵


エピローグ

染、織、刺繍、さまざまな技法を駆使して仕立てられた舞楽装束は、人が身体にまとい、舞うことで完成されます。展覧会の最後に、舞楽図の伝統を踏まえつつ装飾性豊かに描かれた大画面の屏風を紹介します。これまでご覧いただいた装束の形式変遷に思いを馳せながら、舞の動きとともに立ち現れる美の姿をお楽しみください。

舞楽図屏風(左隻)久隅守景筆 六曲一双 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵


関連催事 

10月13日(火)午後1時以降、当館ホームページ<「イベント情報」>の申込フォームから参加をお申込みください。定員になり次第締め切ります。

講演会1.「雅な舞の装い 天野社を彩る舞楽装束」


講演会2.「舞楽の演目と装束」


スライドレクチャー 「舞楽装束-受け継がれる染織の美-」 


※担当学芸員がスライドを使って展示解説を行います。各レクチャーは同内容です。
※参加は無料ですが、美術館入館料が必要です。

特別催事 「舞楽『陵王』―装束の着装・衣紋の実演と演奏―」 *有料催事


※舞楽「陵王」の装束の着付けの実演ののち、実際の演奏と舞をご覧いただく機会です。
※詳細は館内チラシ、当館ホームページの「イベント」欄でご確認の上、事前に参加券(2000円)をご購入下さい(キャンセル・返金不可)。
※参加券販売は当館ホームページのみで行います。催事当日は美術館入館料が必要です。

同時開催展 展示室5 「白描の美」

墨の細線を主とする白描画。中世以前の仏教図像や絵巻の下絵、近世のやまと絵、さらに近代画まで、静謐なモノクロームの美をご覧に入れます。

源氏物語画帖「賢木」 伝 住吉具慶筆 1帖 紙本墨画淡彩 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵

嵯峨に六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)を訪ね、別れを惜しむ光源氏。近世の白描は、墨の濃淡や抑揚のある線、あるいは金なども導入して表現の幅を広げた。



同時開催展 展示室6「開炉 ―冬を迎える―」

11月、茶室では炉を開き、冬を迎えるために席中を一新します。一年の節目となる祝儀の茶会にふさわしく、格式高い茶道具を取り合わせます。

十王口釜 天明 1口 鉄 日本・室町時代 16世紀 根津美術館蔵
天明釜(現在の栃木県佐野)は、自由な形と侘びた肌合いが特徴。本作は、外に開く口作りが、閻魔大王など十王の冠の形に似ていることから「十王口」と称される。




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