「ファーウェイ・オックス・ホーン・キャンパス」内にある図書館。中に入ると別世界だ
中国・広東省深センにあるファーウェイ本社。そこから車で北へ約1時間、東莞市松山湖のほとりに、実験施設「ファーウェイ・ヘルスラボ」がある。海抜6000メートルの低圧環境を再現した空間や秒速1.5メートルの水流が渦巻くプール、スキーやゴルフのシミュレーター、バスケットコート、数々のトレッドミルが並ぶ中、スマートウォッチの精度や性能を検証する実験が繰り返されていた。近隣エリアには同社最大の研究開発拠点、通称「ヨーロッパタウン」が広がっている。同社が世界のスマートウォッチの出荷台数で首位に立ち、ユニークな製品を次々とリリースできる原動力がここにある。全従業員20万8000人の半数以上が研究開発部門に所属という同社。基礎研究から消費者向け端末の開発までを一貫して手がける研究開発の現場を取材した。 EU・欧州委員会が公表した、2024年時点での世界企業研究開発投資ランキングでは、ファーウェイの研究開発投資額は、前年比10.5%増の229億4120万ユーロ(約4兆1000億円)で世界6位。6位とはいえ上位はいわゆるビッグテックばかり。1位がアマゾン、2位がGoogleで有名なアルファベット、3位がMeta、4位がマイクロソフト、5位がアップルと錚々たる顔ぶれだ。当然、中国企業でファーウェイは断トツ。同社が次々と繰り出す斬新な新製品に触れれば、その成果は明らかだ。しかしどこにそんな投資をしているのか、実際どんなところでどのような研究が行われているのか……。
同社最大の研究開発拠点は、深セン本社から車で約1時間ほどの東莞市・松山湖エリアにある「ファーウェイ・オックス・ホーン・キャンパス」、通称「ヨーロッパタウン」だ。3年がかりで建設し18年にオープンさせた。その名の通り、ヨーロッパの都市をモチーフにした108棟の建物が、総敷地面積130万平方メートルに広がる一大拠点。12のエリアに分かれる敷地内には「電車」が走っている。簡易なトロッコ列車などではなく、普通の通勤電車だ。しかも3路線もある。広大な敷地を考えれば、移動に必須のインフラだ。なぜ中国でヨーロッパ風の街並みなのか……。社員の説明によると、同社には中国籍の社員だけでなく、大勢の外国籍の社員がいる。彼らに、まるで家にいるような感覚を味わってもらうためだという。逆に海外の拠点では中国風の街を模しているのだとか。これだけをみても、いかに同社が研究開発に力を入れているかがわかる。建設総額だけでも巨額に上ることは想像に難くない。
ここで最も象徴的な建物の一つが図書館だ。外観はパリ市役所、内部はフランス国立図書館をモチーフに設計された。16組のローマ柱に囲まれた円形ホールの床やアーチにはモザイクタイルが敷き詰められている。北京の故宮でも使われているレンガや人間工学に基づいた椅子・デスクランプを備える。中に入ると、まるで別の世界・別の時代にタイムスリップしたような感覚を覚える。蔵書は11万冊。全体の9割がこの空間に並んでいる。天井の周囲には北京、アレクサンドリア、ローマ、京都、ロンドン、ニューヨーク、モスクワ、アテネ、パリ、デリーなど16の都市名が刻まれ、その間に哲学、化学、航海学、音楽、軍事学、芸術など16の学問を象徴するレリーフも配されている。普段は社員しか入ることはできない。週末と祝日は年間4回まで社員の家族も入館できるという。テクノロジーだけを追求する無味乾燥な施設ではなく、芸術的な要素も取り入れた図書館を建てたのは、主に社員のモチベーションを高めるためだという。こんな施設に囲まれて働けば、それは気分も上がるだろう。
もちろん、机上の研究だけではない。実地検証の施設も充実している。例えば、主にスマートウォッチの開発に欠かせない各種テストの現場が「ファーウェイ・ヘルスラボ」だ。実際の身体運動と過酷な環境下で、試作品や製品のテストや精度検証などを日々行っている。ラボは、ヘルシンキと西安にもある。そしてここ東莞・松山湖のラボが中心的な存在だ。100種類以上のスポーツの特性、健康データの研究を行っている。3階建ての1階部分が実地エリアだ。その一つ「高原環境のシミュレーションルーム」は、その名の通り登山などを想定した高所環境を再現する。最高で海抜6000メートルの環境を再現し、気温はマイナス10度から40度、湿度は35%から95%まで設定可能だ。医療機器とスマートウォッチの双方で血中酸素濃度の測定などを行ってその差分を検証する。
最近設置されたのが「スキー室内シミュレーター」。最高で時速30キロまでの環境を再現できるスノーカーペットを備え、スマートウォッチにおけるスキーのペースやターン回数の計測精度向上に役立てる。そのほか、水泳のデータを計測するための秒速1.5メートルまでを再現する「動力プール」、ゴルフの室内シミュレーター、ランニングの計測に用いるトレッドミル、バスケットやバドミントンのコート、射撃競技のデータ収集用に用いるレーザーライフルとピストル、専用の採点システムなども備える。スマートウォッチの各アクティビティーに対応するテストが、すべてここで賄えるわけだ。研究開発投資に基づく基礎研究と検証の結果が、同社の製品に注ぎ込まれている。
こうした研究は、例えば日々の健康管理を担うスマートウォッチとして結実する。深セン本社エリア・坂田地区にある同社会議室で、ファーウェイデバイスBG スマートウェアラブル&スポーツヘルスケアプロダクトラインのキョウ・ゲンショウ バイスプレジデントに話を聞いた。同社は、中国のウェアラブル市場の出荷台数で7年連続1位。今上半期のIDCの集計では、世界のウェアラブル出荷台数でも1位になったという。この10月までの累計出荷台数は2億5000万台を超える見込み。ユーザー数は世界で6億2000万人以上を数える。米中摩擦の余波で、海外でスマートフォンビジネスが厳しくなった一方で、同社はスマートウォッチで大きなポジションを獲得した。
スマートウォッチの柱の機能の一つは健康管理だ。キョウ バイスプレジデントは「新型コロナウイルスのパンデミック以降、消費者の健康管理意識が高まっている」と話す。スマートウォッチも、この動きを捉え伸びている。こうした健康管理の中核に位置するのが、24年に同社が発表したバイタルサイン測定基盤「HUAWEI TruSense System」だ。主な特徴は「正確性」「包括性」「迅速性」など。例えば「正確性」では、24時間着用できるスマートウォッチの特性を生かす。血圧、血中酸素濃度、心拍数、呼吸数、体温の5大基本バイタルサインを継続的に追跡することで、精度を上げる。また、時計裏側に備えるセンサー自体の精度向上にも取り組んでいる。肌の色や体毛の濃さ、運動時の手首の滑りで発生するノイズを除去する技術や、低温下で収縮した血管からでも信号を捉える技術の開発も行っている。
「包括性」では、人体の主要6要素、循環器系、呼吸、神経、内分泌、生殖システム、運動システムをカバー。70以上の指標を対象にする。例えば、咳の音のスペクトルと心拍間隔の信号を融合させた「肺機能による感染リスク評価」や、安静時心拍数の上昇と睡眠時血中酸素の低下といった複数の指標によって潜在的疾病リスクを捉えることもできる。三つ目の「迅速性」では、例えば血中酸素の測定。21年時点では45秒かかっていたが、25年には10秒未満まで短くした。同社のハイエンドスマートウォッチ向けの技術で、本体側面の電極に指先を当てる「X-Tap」センサーも併用することで10秒未満での算出と毎秒の連続表示を実現。血管が集中する指先の状態を検知できることが大いに貢献しているという。さらに、20項目以上の健康指標を一括測定する「ヘルスチェック」機能も、センサーからチップ、OS、アルゴリズムまでの自社開発による並列処理により、60秒以内で完了できるようにした。
深センファーウェイ本社エリアにあるフラグシップストアを訪れると、日本ではなかなかお目にかかれない、斬新な製品を見ることができる。例えばスマートフォン(スマホ)。ファーウェイの「幅広三兄弟」はその筆頭だ。いずれも従来のスマホより横幅が広く4対3の比率に近い画面が特徴。長男ともいえる25年3月発売の折りたたみ式「Pura X」(7499元、約17万7000円~)、この4月発売で次男ともいえる大画面折りたたみ式の「Pura X Max」(1万999元、約26万円~)、この9月発売で折りたたまない「Pura X View」(5999元、約14万2000円~)の3機種だ。中でも、折りたたまないPura X Viewは、現在中国で売れに売れていて、品切れの店も多いという。またPCでは、前面が「画面」の「HUAWEI MateBook Fold(ULTIMATE DESIGN)」(24GB+512GBモデル、2万4999元、約59万円~)が目を引いた。キーボード面を含めた内側全面が1枚の有機ELディスプレーになっている。18インチの折りたたみ2-in-1 PCだ。手前の画面は疑似キーボードにもなり、実際のキーボードを置いて使うこともできる。何といっても「全部が画面」というのは面白く迫力があった。
いずれの製品も、日夜汗を流している研究開発部隊が、基本仕様からデザイン、使い勝手まで愚直に追求した成果だ。ファーウェイ製品最大の特徴は、仕様やデザインはもとより「モノ」としての完成度の高さ。それを支えているのが、売上高の2割以上に及ぶという研究開発投資だ。彼らがなぜ次々とユニークな製品を生み出せるのか……。その秘密の一端を今回の取材で垣間見た思いだ。(BCN・道越一郎)







