1988年にMS-DOS対応の「駅すぱあと 首都圏版」を発売し、「経路探索」という新たな価値を世に放ったヴァル研究所。以来、「いつでもどこでも誰にでも」をキーワードに「駅すぱあと」は進化を続け、その使いやすさや信頼性から、ビジネスマンを中心に圧倒的な支持を受けてきた。「駅すぱあと」が発売された1988年2月22日にちなみ、毎年2月22日を“駅すぱあとの日”として、日本記念日協会への記念日登録を行った。今日は「駅すぱあと」発売から24周年にあたる。東京・高円寺にあるヴァル研究所本社で、中山秀昭社長に、「駅すぱあと」の歩みと今後のビジョンをうかがった。
●「駅すぱあと」の誕生~パッケージビジネスとしての成長
現在、経路探索システムは一種の社会インフラにまでなった。そのスタートは、26年前のある社会実験プロジェクトだった。
――そもそも「駅すぱあと」は、どういった経緯で生まれたのでしょうか
中山 1985年に当時の運輸省が空港、駅などの交通ターミナルを情報拠点化する「メディア・ターミナル構想」を掲げ、その実現に向けた実験を行っていたのですが、当社ではその対応の骨子となる技術が、「エキスパートシステム」というものでした。
エキスパートシステムは、医師や弁護士など、人間の専門家の知識をデータベースとして蓄積し、そこから推論して意志決定を行うシステムで、利用者の問い合わせに対して迅速に最適な回答を行うシステムです。このシステムの開発を進めていた上智大学の加藤 誠己教授は、「二地点間を移動するための最短距離検索にこの技術が応用できる」と考え、当社の技術者をプロジェクトに参加させたことがきっかけで、「駅すぱあと」の開発がスタートしました。もっとも、受託ソリューション事業が主力で、開発室の隅でコソコソ作業を行なっていたのですが(笑)。
――社会実験からはどんな成果が得られたのですか?
中山 1986年にキオスク用端末を作成し、試験的に渋谷駅に設置しました。受験シーズンだったこともあって、試験会場までの経路を調べる高校生やその親御さんたちに好評でした。これをテレビなどのメディアが取材したことがきっかけとなって、PCソフトとしての商品化の問い合わせが寄せられるようになりました。それで「駅すぱあと」開発プロジェクトをスタートすることにしたんです。
――その結果、1988年に「首都圏版 駅すぱあと for MS-DOS」が発売されましたが、開発にあたっての苦労などは?
中山 鉄道運賃は、通常、営業キロ数を基準に算出します。しかし、首都圏には複数の鉄道会社が乗り入れる駅が多く、そうした駅では各鉄道会社が割引運賃を適用して、営業キロ数よりも安くなるケースがあります。開発当初はそんな鉄道運賃の内情がわからなかったので、運賃計算テーブルや運賃算定のロジックの作成に苦労しました。テストで、実際の運賃と違う価格が出てくるたびに鉄道会社に問い合わせる、という作業をひたすら繰り返しました。それ以外の方法はありませんでしたしね(笑)。愚直なまでに泥臭い作業でしたよ。
●Windows時代の始まり~ウェブサービス・法人ビジネスの活発化
こうした苦労の末に発売となった「駅すぱあと 首都圏版」。ユーザーの使用用途を調査したところ、興味深い反応があった。「経路探索」は約3割に過ぎず、それ以外のほぼすべてが「運賃計算」だったのだ。同社が想定していた以上に、企業内で交通精算処理に活用するユーザーが多いということがわかった。そのニーズに応えるかたちで、通常の運賃だけでなく、定期代計算機能を実装した新「駅すぱあと」を発売。さらに1993年には「駅すぱあと 全国版 for MS-DOS」が発売となる。
中山 「駅すぱあと 首都圏版」を発売してからというもの、さまざまな企業の経理ご担当者から「全国の出張に対応できるソフトを」というご要望をいただいたんです。全国版はその声に応えての開発でした。全国版だけに、首都圏版以上に路線データや運賃データなどの基礎情報の収集・把握に苦労しました。毎月発行される「時刻表」がバイブルでした。首都圏だけでなく、大阪や名古屋など、交通網が複雑な大都市圏を網羅する必要があり、運賃が不規則な区間も増えました。このときも鉄道会社に、数え切れないくらい問い合わせましたね(笑)。また、経路探索時間短縮も大きな課題でした。
――全国を網羅したこと以外で、この「駅すぱあと 全国版 for MS-DOS」の苦労されたところはどんなことでしょうか?
中山 「最適2分割購入法の表示」ですね。JRには、利用者が特に多い特定区間内で乗り降りをすると割安になる「特定区間運賃」という制度があります。そのため、駅で乗り換えをするときに、一度改札を出て切符を買い直した方が運賃が安い場合があるんです。切符だと数十円の違いですが、これが定期券だと数千円の差になる。
それまではごく一部の鉄道マニアしか知らなかった裏技ですが、日々、時刻表や鉄道の基礎情報と向き合っていくうちに、そこに気がついたんです。「これはおもしろい」ということで、定期券を割安で購入するには、どの駅で分割すればいいかを表示しました。新聞で「定期代で飲み代が浮く」というコピーで記事になりました(笑)。
――その後、MS-DOSからWindowsプラットフォームへと進化していくことになります。
中山 Windows版は1994年のWindows3.1対応版「駅すぱあと 全国版 for Windows」が最初です。その後、1995年にWindows95対応版を発売しました。これはNECや富士通のPCのバンドルソフトとして採用されたので、そこで「駅すぱあと」をご存じになった方も多いのではないでしょうか。PCが普及したおかげで、パッケージ版の「駅すぱあと 全国版」も好調に売れました。
その反面、苦労したのがユーザーサポートです。運賃や路線データなどは常に最新の状態にしておく必要がありますから、定期的にユーザーに最新版をお届けしなければなりません。もちろん当時はオンラインのアップデート環境などはありませんから、年6回、最新版のディスクをお手元に送っていました。ちなみに1997年には3%から5%への消費税の引き上げがあった影響で、最新版の送付は年8回にもなりました(笑)。
「駅すぱあと」は、そうしたサポート体制なども含めて評価され、1995年には日経BP社による「60万人が選ぶソフト」の一本に選定されました。それまでの挑戦の一つの結実であり、思った以上に多くのユーザーにとって“なくてはならない一本”としてご愛顧いただいていることに大きく勇気づけられました。
――「駅すぱあと」でウェブサービスをスタートしたのはいつですか?
中山 1998年に、Yahoo!で実装されたのが初めてです。Yahoo!は実績のあるベンダーとしか提携しないことで有名なので、非常に光栄なことでした。官公庁や金融業といった法人向けにイントラネット対応の「駅すぱあと」をスタートさせたのもこの時期です。実はコンシューマ向けと法人向けとの売り上げの比率は、圧倒的に後者の方が上なんです。単にアプリケーションだけを提供するのではなく、企業の基幹システムに「駅すぱあと」を組み込めるように、API(プログラム開発用のインターフェース)をライブラリ化した開発キット(SDK)なども提供し、多角的に法人業務を支援しています。こうしたスタンスが法人ユーザーからの支持につながり、SIer(インテグレータ)などからも採用されることが増えていきました。
●モバイル端末への取り組み~ 「駅すぱあと」のこれから
MS-DOSからWindows、そしてウェブとプラットフォームの変化に呼応し、進化を続けてきた「駅すぱあと」。経路探索システムの先駆者であるヴァル研究所が新たに目指す世界とは、どんなところなのだろうか。
――モバイル機器への対応はいつ頃から?
中山 1999年に開発したDDIポケットのPHSサービスが初めてです。メール配信サービスに「駅すぱあと」を組み込んだもので、当社は「駅すぱあと」を動かすエンジンを開発して、提供しました。その後、EZWebやボーダフォンにも同様のサービスを提供しました。2001年には、NTTドコモのiモード向けに月額100円の経路探索サービスを提供し、すべてのキャリアに対応するとともに、課金という新たな収益を得ることにもなりました。ちなみに1999年には、NTTドコモとの共同開発で、音声による経路探索サービスもスタートしています。視覚障害の方にも「駅すぱあと」をご利用していただけるということで、非常に意義ある試みだったと思っています。
――音声認識システムは、いまスマートフォンで注目を集めていますね
中山 サービスの提供が早すぎたのかもしれません(笑)。また“次の一手”として、ASPサービスの「ウェルカムナビ」も展開しました。これは企業など、ホームページをお持ちのユーザーが、「駅すぱあと」の機能を呼び出して、自社のホームページの利便性向上を実現するというもの。先ほど申し上げたSDKの提供を発展させたものです。これにより、例えば企業やホテルの所在地を示すページで、「駅すぱあと」を利用して、最寄り駅などから経路を案内する、といったことが可能になります。「駅すぱあと」を用いた新たなビジネスの展開ともいうべき試みで、特に不動産業者さんから、物件案内のコンテンツ化で大変喜ばれたと聞いています。
――スマートフォンやタブレットなど、新しいモバイル端末への展開は?
中山 一昨年からは、「駅すぱあと for iPhone」や「まるごと路線図」などのiPhoneアプリをリリースしています。先駆者として中途半端なものは出すべきではないでしょうし、ユーザーも納得してくれない。一方で、私どもは、この経路探索システムをある種の社会的インフラと捉えています。その意味で責任も大きく、バスを含めた路線の網羅性と正確性にはこだわっていかなければならない。進化の早いスマートフォンやタブレットの分野で、その未来を正確に捉えつつ、開発のスピード感と網羅性・正確性をいかに両立させるかが今後の課題です。
その課題をクリアした上で、当社ならではの新しい価値創造をスマートフォンやタブレットの分野でも実現していきたいと考えています。ユーザー一人ひとりにマッチする経路を自動で教えてくれる、いわば「パーソナル駅すぱあと」と呼べるようなサービスを目指します。
――ありがとうございました。
誕生から24年、人々の「移動する」というニーズを支え続けてきた「駅すぱあと」。その実力はBCN AWARDのデータ管理ソフト部門を7回獲得した実績からも明らかだ。今後も、新たな価値をもつ「駅すぱあと」サービスを提供してくれることだろう。(取材・文/市川昭彦)