物語は、いよいよ大詰めの西南戦争へ。本人の思いとは裏腹に、時代の波は西郷(鈴木亮平)を日本史上最後の内戦へと駆り立てていく。そのきっかけを作ったのが、政府の密偵として薩摩に送り込まれた中原尚雄だ。演じたのは、これまで「薩摩ことば指導」として作品を支えてきた田上晃吉。念願かなった出演の感想、薩摩ことば指導として経験した作品の舞台裏などを語ってくれた。
-出演が決まったときの感想は?
最初は「薩摩ことば指導」という大役をいただきましたが、自分の故郷である鹿児島の話だったので、出演者としても参加したいと思っていました。だから、プロデューサーから「この役で考えている」と聞いたときは、うれしくて涙が出ました。しかも、僕が生まれ育った伊集院という町は、中原尚雄の出身地。そういう意味で、喜びもひとしおでした。
-役作りはどのように?
中原尚雄のことはもちろん知っていましたが、今回改めて具体的な人物像を知るために、2回ほど鹿児島に戻り、調査やお墓参りに行きました。うれしかったのは、中原さんの子孫の方々と交流する機会をもうけていただいたことです。皆さんと話をする中で、子孫の中に僕の高校の後輩がいることも判明し、「必要なものがあれば、何でも言ってください」と、家系図や当時住んでいた地域の地図など、膨大な資料も用意してくれました。場所が分からなかったお墓もわざわざ探してくださって…。今回は、そういう子孫の皆さんの期待を背負って演じさせていただきました。
-中原尚雄は西郷が作った私学校に潜入する密偵という複雑な役でした。演じてみた感想は?
難しかったです。密命を帯びていることを表に出さず、表面上はみんなと同じ感情で演じなければいけない。つまり、芝居の中で芝居をしなければいけない状況だったので、どんなバランスで演じればいいのかと…。第45回の冒頭は、若い薩摩の士族と同じように、意気揚々と私学校に入ってくる場面でしたが、実はここでNGを出してしまったんです。“密命を帯びている感”がやや強過ぎたらしく、「もうちょっと警察官(の雰囲気)を抑えて」と言われました(笑)。
-重要な役なので、お芝居も難しそうですね。
その一方で、僕の念願がかなった部分もありました。実は、第5回の時、御前相撲の場面で僕も西郷さんと一緒に相撲を取りたいと思っていたんです。史実でも中原さんが西郷さんを尊敬し、戊辰戦争にも従軍したという話があったので、そういう部分を生かせないかと相談した結果、相撲の場面ができました。だから、あの瞬間は本当にうれしかったです。
-そんな西郷を演じる鈴木亮平さんの印象は?
亮平くんとは同学年ですが、尊敬する俳優の1人。役作りもストイックで、故郷の英雄・西郷隆盛を、責任を持って演じてくれていることをとてもうれしく思います。語学を学んだだけあって、薩摩ことばについてもLINEで深夜までやり取りするなど、ものすごくこだわってくれています。
-鈴木さんから何か提案されるような機会もあったのでしょうか。
実は、僕と迫田(孝也/薩摩ことば指導)さんでは育った地域が違うので、第1回を撮影している頃、イントネーションに若干の違いが出たことがありました。亮平くんはそれを指摘して、「台本のアクセントが付く位置に○を付けて、認識を合わせておけば、誰に聞かれても迷わないのでは?」と提案してくれたんです。それがその後、ものすごく役に立ちました。今まで数多くのキャストの方を指導させていただきましたが、とどこおりなく進めることができたのは、亮平くんの提案のおかげです。
-薩摩ことば指導を経験して、俳優として得たものは?
いろいろな方のお芝居を見ることができたのが、一番の財産です。亮平くんや瑛太くんはもちろん、最初の頃、風間杜夫さんや水野久美さん、松坂慶子さん、大村崑さんといった大先輩方がどういうふうに作品に臨むのか、その様子を間近で見られたことは、大きな財産になりました。さらに今回、薩摩ことば以外の土佐や佐賀、京ことばといった指導の先生たちからも話を聞く機会がありましたが、方言がキャラクターを作る上でいかに大事なものか、よく分かりました。
-薩摩ことば指導で苦労した点や、何かエピソードがあれば。
現場では、状況によってせりふをある程度変えなければいけない場合が出てきます。そんなとき、その場ですぐに言葉を生み出さなければいけません。それも単に「こういうせりふだから、直訳でこれ」ではなく、その意図をくんだ薩摩ことばで、しかも、全国に通じるものを考えなければいけない。経験を積むうちにやりやすくなりましたが、最初はそれが難しかったです。また、最初の頃はみんな「薩摩ことばが難しい」と言っていましたが、物語が進み、中央に出てきた頃は、標準語混じりの薩摩ことばに変わってきたんです。そうしたら、瑛太くんなどは「薩摩ことばのままの方が言いやすかった。薩摩ことばがしゃべりたい」と言うようになっていました(笑)。
-改めて、今回の出演の感想を。
大河ドラマは、僕にとって甲子園のような特別なステージ。そこにまた帰って来たいという思いでずっと活動してきたところ、故郷・鹿児島を舞台にした「西郷どん」に出演することができました。薩摩ことば指導として1年以上関わってきたことも含めて、愛着も他の作品とは桁違い。その分、ものすごく緊張して、撮影中は毎晩眠れませんでしたが、長い時間を共にしてきたスタッフに囲まれた温かな環境の中、最高のステージでお芝居をすることができました。
-物語はいよいよ西南戦争に突入していきます。
これまでいろいろな作品に携わりながら西南戦争を見てきましたが、今回は西郷さんが小吉から吉之助、隆盛へと成長する姿を見てきたので、今までとは思い入れが全く違います。不平士族たちの思いを背負った西郷さんが、ある意味担がれるような形で立ち上がり、大久保さんがそれを抑える…。そんな構図が切ないです。実は、僕の先祖も西郷さんと一緒に西南戦争に従軍しているんです。そんなことを考えていると、時代の流れでやむを得ないことだったとは理解しつつも、涙がとまらなくなってきます。
(取材・文/井上健一)