80点はいるけど120点がいない

吉田:今の若手のシーン全体の傾向ではエクストリームメタル系が強いのかな?

藤谷:JILUKAは演奏力に定評がありますよね。

神谷:もしかしたら演奏力に回帰しているのかもしれない。バンドにしか出せない価値と考えられるものの一つとして。

浅井:その一方で0.1gの誤算のような、煽りが上手くてMCや歌詞が面白いバンドが人気ですよね。

神谷:勝負できるところで勝負しているという意味で潔いですよね。

藤谷:今年、「渋谷が大変」の主催の方にインタビューしたときにも、0.1gの誤算や甘い暴力みたいに引き出しがたくさんあって楽しいバンドか、キズみたいにMCもほぼないストイックなスタイルと二極化しているという話をしていたんですね。それは私も実感としてありますね。

吉田:いい曲はたくさんあるし、いいバンドもいる。でも決定的な存在がいないですよね。80点くらいのバンドが多くて、120点がいない。

藤谷:80点を120点にはできないかもしれないですが、90点に持っていくのもメディアの役割かなと思うんです。今のヴィジュアル系って金爆と大御所以外は世間からは注目されてないジャンルですし、若手をどうやって周知させていけばいいのかはよく考えます。

浅井:今のヴィジュアル系のインディーズに関して言うと、ヴィジュアル系の外にアプローチしていこうとするバンドよりも、「バンギャル大歓迎!」みたいなスタンスのバンドの方が注目されやすい傾向にあるのかな。

吉田:lynch.が数年前にヴィジュアル系ではないフィールドに出ようと、メイクを落としていた時期があるじゃないですか。それでCrossfaithと対バンしたら全然受けなかったと。

ところが、その後のCrossfaithとの対バンで逆にヴィジュアル系を全面に出したら、今度は反応が良かったっていう話をしていたんですよ。それも象徴的なのかな。決してヴィジュアル系は外で受け入れられないジャンルではないという。

神谷:ヴィジュアル系以外に出ていくときも、相手に「寄せて」いってるよりは、自分たちの美学を貫いたほうがいいのでしょうね。

藤谷:the GazettEはROCK IN JAPANや氣志團万博などのフェスでも清々しいくらい通常営業ですね。氣志團万博は今年で4度目の出演ということもあって、夏でも黒服のバンドとすごいヘドバンをするファンも含めて、すっかり周知されて半ばホームみたいになっているという面白みがありますね。

吉田:X JAPANはどこのフェスでも受けますよね。

浅井:XやLUNA SEAクラスになると、そもそもお客さんが世代だったり曲が知られていますよね。

吉田:圧倒的なパフォーマンス力もあると思うんですけどね。

藤谷:どう考えても初見が多いであろうコーチェラの映像を見ても、Xは常にブレないなと思いました。

吉田:アウェイのフェスでお客さんを掴むには、誰でも知ってるヒット曲がないと難しいと言われますよね。TOKIOとか山下達郎さんとか、やっぱりヒット曲をやったら人がぞろぞろ集まってきて、ものすごく盛り上がったらしいですし。

藤谷:今年はHYDEさんはソロでフェスに出たじゃないですか。もちろんソロの楽曲がメインですけど、L’Arc~en~Cielの『HONEY』をやると老若男女”知ってる!”となるわけで。

浅井:JさんだってLUNA SEAの『TONIGHT』やりますからね。ヒット曲をフェスでやるっていうのは大事なことなんだなと思いますね。

吉田:元ViViDのSHINさんが、イベントで『GLAMOROUS SKY』(※9)のカバーをやって注目を集めたという話もありますね。

※9 中島美嘉が「NANA starring MIKA NAKASHIMA」名義でリリースした楽曲。映画「NANA」の主題歌として知られている。作曲・プロデュースはHYDE。SHINは2018年5月にこの曲のカバーを配信限定でリリース。

藤谷:そういう意味では、2018年のニコニコ超会議の音楽イベントに出ていたアルルカンが印象に残っています。

話題になっていたのでタイムシフト視聴したんですが、アウェイな空気が漂ってた会場やコメントの流れを一気に変えていた。もちろんアルルカンには「誰でも知ってる曲」という武器はないわけで、あれはいいものを見ましたね。課金してよかった〜!

2018年の名盤は?

藤谷:2018年のよかった作品の話もしたいですね。

吉田:圧倒的にDEZERTの『TODAY』ですよ。さっきも言いましたけど、ぞんびの『クソったれが』も好きですね。

藤谷:吉田さんはツイッターでも『TODAY』推しまくってますよね。どの辺りが魅力なのでしょうか。

吉田:『TODAY』は……すべてですね! それこそ言葉にできない良さがありますよ。

神谷:歌詞が良かったですね。『蝶々』や『浴室と矛盾とハンマー』などが特に誰宛の曲なのかが明確でした。行き場所がない人のための歌詞だと感じます。

最後に『TODAY』が収録されていることで、過去でも未来でもなくて今が一番大事で、というような物語にたどり着いちゃった! というアルバム全体のメッセージも伝わってきます。

吉田:前作の『最高の食卓』のラスト曲『ピクトグラムさん』で歌っていたような、行き場所がない人を救うみたいな歌詞が多かったですよね。あとは、あえてかどうかわからないけど、『「殺意」』とか『「変態」』みたいなバンギャル受けしそうな曲よりも、スローテンポの曲に比重を置いたことで、歌詞と曲の良さが全面に出たアルバムになった。

バンギャルが物足りなさを感じる気持ちもわかるんですけど、ネクストステージに行ったアルバムだと思うんですよ。

神谷:ずっと聴いていられますよね。日常生活の中で普通に聴きたくなるというか。「過去や未来ではなくて、今この瞬間がリアルだから、今をしっかり生きよう」と受け取りました。

そういった意味ではキズの歌詞も「現在」を生きているということが感じ取れるんです。歌詞カード見ながら聴いていると痛みも感じるくらいです。自分に置き換えても痛みが今に蘇ってきますし、バンドを想像しても「今も苦しんでいる?」と思えるほど続いている感情があるように思います。

吉田:『0』もやばいですよね。他にはR指定『死海文書』も大好きなんですけど。宗教色が強くて、また他とは一線を画した、自分たちの新たな立ち位置をここで固められたと思うんです。

神谷:他にはDADAROMAの『トゥルリラ』も良い作品です。メンバー脱退を乗り越えたバンドの強さってありますよね。活動休止してパワーダウンするケースも少なからずあると思うんですけど、そこからもう1回新しいものを出してきた。しかも抑圧されたものから解放されて吹っ切れた軽やかさがありました。逆境をバネにするのはグッときます。

同じく脱退を乗り越えた摩天楼オペラの『Invisible Chaos』も力強かったです。環境や人のせいにせずに、もがきながらも前に進む力強さを表現されていたと思います。

藤谷:『Invisible Chaos』はカップリングの『It's You』も人間味溢れる歌詞が好きですね。

個人的にはKAMIJOさんのソロアルバム『Sang』が素晴らしかったんですよ。氏のライフワークであるフランス革命をテーマにしているんですけど、ライブでも関智一や杉田智和らの声優を起用してストーリーが進行していくんです。もちろん声優人気を当て込むではなくて、これは必要な演出なんですね。

ツアーを通して音と演出ストーリーを紡いでいく。「自分の世界を音楽で表現したい」といういい意味のエゴがほとばしっていて、本当にヴィジュアル系の極みだと思いました。

吉田:MALICE MIZERの25周年記念ライブ(※10)でもゲストボーカルとして出たKAMIJOさんを見たけど、もう笑っちゃうくらい突き抜けていましたね。あそこまでキャラを演じきれるのは本当にすごい。

※10  2018年9月に東京・豊洲PITにて、Moi dix MoisのManaとZIZのKöziらが中心になって「Deep Sanctuary 〜MALICE MIZER 25th Anniversary Special〜」を開催。石井秀仁、KAMIJO、Hitomi、Sakuraら、ゆかりのある人物をゲストに呼んで、MALICE MIZERの楽曲をフィーチャーしたステージを繰り広げた。

藤谷:KAMIJOさんはきっと笑われることは恐れてないというか、他者の視線で自分の美意識が傷つくということはなさそうな確固たる自信を感じますね。20年以上やってきたという自負と自信がある。

浅井:今年印象に残った作品は何枚かあるけれど、1枚あげるとするならば、Psycho le Cému の『Light and Shadow』です。

サイコというバンドが残した功績って、例えばゴールデンボンバーにつながるような、楽器を置いてパラパラを踊り出すパフォーマンスだったりとか、コントのようなことをするとか色々あると思うんですけど、当時は楽曲のクオリティに関しては僕の琴線に触れるものはなかったんです。

藤谷:たしかに、とくにメジャーデビュー後は企画色が強かった部分はありましたね。

浅井:それが、活休している間も、5人全員がそれぞれ音楽活動で飯を食ってきたわけじゃないですか。『Light and Shadow』を聴くとバンドの成長をすごく感じたんです。昔の代表曲を今のクオリティでアップデートしたような、マニアックな曲はよりマニアックに、ポップな曲はよりポップに、その上で今までにないようなテイストの曲も入っている。フルアルバムとしての完成度に感動しました。

Psycho le Cémuはやっぱり偉大なバンドだし、5人とも今もミュージシャンとして成長を続けているんだなと感激したという理由で、この1枚をあげたい。

吉田:彼ら、演奏もライブの見せ方も上手いですよね。ちなみに、気になった若手はいますか?

浅井:もはや「若手」ではないと思うんですけど、もうひとつ候補に挙げていたのは、BugLugの『KAI•TAI•SHIN•SHO』です。彼らは器用にいろんな音楽をヴィジュアル系に落とし込んでいて、いい意味での”変なこと”に果敢に取り組んでいたバンドです。最大限のリスペクトを込めて「変なバンドだね!」って言いたい。

今回のアルバムはバンドの危機を経て、さらに成長して帰ってきたなという印象です。

藤谷:彼らの所属するResistar Recordsも2019年で10周年を迎えます。レーベルメイトのBlu-BiLLioNもドラマーのSeikaさんのジストニアの手術のために一時的な活動休止状態に入ります。また元気な姿を見せて欲しいです。

発表のライブのときに「おじスターレコード」という冗談が出たんですが、本当におじさんになっても続いていくのを見たいですね。