友人の結婚式の二次会で出会った田中マモルに恋した山田テルコ。その日からテルコの日常は、マモルこと“マモちゃん”一色に染まり始める。平日の朝でも電話で呼び出されれば、平気で仕事もぶっちぎる。だけど、そんなテルコにマモちゃんは気まぐれな態度を繰り返し…。4月19日公開の『愛がなんだ』は、角田光代の同名小説を原作に、平凡なOLテルコのいちずな片思いを、独特のユーモアと切なさあふれるタッチでつづったラブストーリー。数々の恋愛映画で注目を集める今泉力哉監督の下、主人公テルコを演じたのは、NHKの連続テレビ小説「まんぷく」(18~19)でも好演を見せた岸井ゆきの。日本映画界期待の2人が、撮影の舞台裏を語ってくれた。
-マモル一筋のテルコのキャラクターが、岸井さんにぴったりでした。テルコのどんなところに魅力を感じましたか。
岸井 とにかく真っすぐなところです。これだけ真っすぐで、ちょっとエキセントリックだけど、とにかく思いだけは強い。そんな主人公を演じられることは、そうそうないんじゃないかと。私は好きな人がいたとしても、テルコのように仕事も友人も捨てられないけど、だからこそぜひやりたいと。「これを逃したら駄目だ!」ぐらいの勢いでした(笑)。
今泉 僕も、テルコ役を決める際、いろいろな人の名前が挙がる中で、岸井さんの名前が出たとき、「ぜひ岸井さんで」とお願いしました。マモルとの関係がどれだけ深刻になっても、ムードが暗い方に行かないんですよね。いくら落ち込んでも、おいしそうに食事をするし、絶対に死ぬことはない(笑)。それが、テルコのキャラクターであり、岸井さんの魅力でもあるなと。
-テルコとマモルの距離感は大事なポイントですが、そのあたりはどのように?
岸井 成田(凌/マモル役)くんとはあまり話をしないようにしました。テルコとマモちゃんは、会話しているように見えて、実はすれ違っているので、成田くんと仲良くなり過ぎて、楽しい気分が画面に出てしまってはいけないだろうな…と。もちろん、大事な共演者なのでコミュニケーションは取りましたが、深入りしないように気を付けて。おかげで、成田くんの背景を知らない分、マモちゃんのせりふがものすごくダイレクトに降りかかってきました。それこそ「ゴツン!」という感じで(笑)。
-マモルのせりふには、さりげなくテルコにキツいことを言っているものも多いですね。
岸井 かなり堪えました(笑)。「もうやめて!」と思ったのも、一度や二度では…ない(笑)。ただ、そのおかげでできた場面もあって。例えば、マモちゃんが吐き捨てるようなことを言ってタクシーで去った後、街角にぽつんと取り残されたテルコが怒りのラップを歌うシーン。あそこは、あのマモちゃんのせりふがなければ歌えませんでした(笑)。
-撮影を通じて受けたお互いの印象は?
岸井 一つのお芝居の中で必要なカットだけ撮るという形も多いと思うのですが、今泉さんはそういうことをしないんです。時間がたくさんあるわけではないのに、通しでお芝居をして、その流れの中で撮ってくれる。それを徹底してくれたので、とてもありがたかったです。
今泉 その方が感情を作りやすいんじゃないかと思って…。
岸井 その通りですけど、そういうやり方をする現場はなかなかないので…。
今泉 僕は全部を自分で決めるのではなく、役者さんと相談しながら映画を作っていくのですが、そのやり方を受け入れてくれたので、とても助かりました。大事なシーンを撮るときは、岸井さんの方から話をしに来てくれたり…。
-例えばどんな話を?
今泉 いろいろ話しましたが、印象深かったのは、テルコとマモルのキスシーンを撮ったときのこと。僕はOKを出したんですけど、終わった後、岸井さんが近づいてきて「もう1回やらせてほしい」と。
岸井 1回でOKになったので、絶対にそれが使われるじゃないですか。でも、「テルちゃん、これで大丈夫なのかな」と思って(笑)。
今泉 完全にテルコになっていて、岸井さんではなくテルコが言いに来たんですよね(笑)。「別に、愛情もなくて、好きと思われてなくてもいい。寂しさを埋めるためのただの肉でいいんだけど、肉としてすら思われていない感じがして、これほど寂しいのは…」と(笑)。
岸井 あまりに寂しい…と(笑)。
今泉 なので、微調整しながら何回かやりましたね。
-そういう意味では、岸井さんもやりやすかったですか。
岸井 やりやすかったです。一緒に悩むという体験も、すごく面白かった(笑)。
今泉 他の監督は悩まない?
岸井 普通は悩んだときでも「僕はこう思うんだけど」となるんですけど、今泉さんの場合は「ちょっと分からないんだよね。1回やってみてくれる?」と。そういうふうに言われたことは、あまりないので(笑)。
今泉 あ、そうか…(笑)。お芝居に限らず、「これは嫌」というものはあるんですが、逆に「絶対こうしてほしい」というものがあまりなくて。そうしてしまうと、できることが限られてくるので、それが怖いんですよね。それより、役者さん同士の方が分かることもあるだろうと。例えば、マモルがテルコの家に来て残酷な告白をする終盤の場面。マモルはテルコの真横に座りますが、僕だったら、あの位置には絶対に座らせません。残酷な告白をしに来ているときに、その距離はあり得ない。だから、「どこ座ります?」と聞いたとき、成田さんが「ここですかね」と近くに座ったのを見て、「マジか?」と。
-その成田さんの選択に納得できましたか。
今泉 遠くに座るとテルコの顔を見なければいけないけど、真横なら視線を外してしゃべることができるんです。それが分かったので、「ああ、そうか…」と。そういう意味で、僕が頭で考えるより、やっぱりそのとき、テルコやマモルになっている役者さんに聞いた方がいい。だから、2人の距離感とか感情に関しては、頼れる部分は頼っていました。
岸井 そう言ってくださると、私も「じゃあ、一緒に考えましょう」と思うことができるので。面白かったです(笑)。
(取材・文・写真/井上健一)