(C)2015 「二重生活」フィルムパートナーズ

 小池真理子の同名小説を映画化した異色サスペンス『二重生活』が公開された。ドラマ「開拓者たち」(12)や「ラジオ」(13)などで知られる岸善幸が原作を大胆に脚色し、自身の映画監督デビュー作とした。

 大学院で哲学を学ぶ珠(門脇麦)は、担当教授の篠原(リリー・フランキー)の薦めで、哲学的考察の手掛かりとして、無作為に選んだ対象を追い掛けて、その生活や行動を記録する“理由なき尾行”を実行することに。珠は隣人の編集者、石坂(長谷川博己)を対象に選ぶと、いつしか禁断の行為にはまっていく。

 尾行と言えば、刑事や探偵がするものと相場が決まっているが、今回は少々趣向が違う。その意外性に加えて、尾行する珠を追う、微妙な距離感と巧みなカメラワークがスリルとサスペンスを盛り上げる。

 もともと、映画を見ることは、他人の生活や人生をのぞき見する行為。観客はそこに自分自身を投影し、泣いたり笑ったりしながら人生を見詰め直したりもする。つまり映画は“疑似体験”を楽しむためのメディアなのだ。その上、ありふれた日常からの脱出を可能にし、好奇心も満たしてくれる。

 実際、尾行にしても小説や映画やドラマの中だからこそ許されるもので、過去には『めまい』(58)や『フォロー・ミー』(72)のような尾行を描いた名作映画もある。

 もっとも、本作のように無作為に誰かを尾行したとしても、その対象の多くは、珠にとっての石坂のように好奇心を刺激してはくれないだろう。だからこそ、こうした“都合の良い話”にこそフィクションとしての映画や小説の魅力が発揮される。その点で、本作はとても映画らしい映画だと言えるのかもしれない。

 尾行の際の目線が見事な門脇、長谷川、リリーのほか、珠の恋人役の菅田将暉、近所に住むちょっと怪しいおばさん役の烏丸せつこの演技も印象的。

 また、岸監督と撮影の夏海光造は、ドキュメンタリードラマでコンビを組んできただけに、東京の風景をごく自然な形で作中に取り入れている。岩代太郎のピアノを基調にした音楽も耳に残る新感覚の心理サスペンスだ。(田中雄二)

関連記事