松尾スズキが旗揚げした「大人計画」で1999年に上演した話題作を、ノゾエ征爾の演出で送る「母を逃がす」が5月7日から上演される。本作は“自給自足自立自発の楽園”をスローガンに掲げた架空の農業集落「クマギリ第三農楽天」を舞台に、集落の頭目代行を務める雄介と住民たちが、さまざまな思いを抱えながら“自分にとっての楽園”を模索する姿を描いた作品。ドラマ、映画のみならず、舞台でも高い評価を得ている瀬戸康史、そして、舞台初出演となる三吉彩花が、本作への意気込みを語った。 -出演が決まったお気持ちから教えてください。三吉さんは本作が初舞台になりますね。
三吉 決まってしまいました(笑)。舞台はいつかやってみたいという気持ちはあったので断る理由は一つもありませんでしたし、瀬戸さんが座長をされるということも聞いていたので、安心感もあってやってみようと思えました。…でも、今になって腰が引けてきています(笑)。 瀬戸 僕は、最初に台本を読ませていただいて、いろいろなところに笑いが散りばめられているけど、笑ったら人としてどうなんだろうと思わせるような内容でもあって…。何とも言えない感情になる作品だと思ったことが強く印象に残っています。僕自身、松尾さんともノゾエさんともご一緒したことがなかったので、そういった意味でも挑戦になるなと感じました。 -複雑な心境になる台本ということですが、本作の魅力はどこに感じましたか。
瀬戸 今は、どこかにしがらみがあって、その中で不自由さを感じながら生きていかなくてはならない世の中ですが、それを取り払ってくれるものが、僕たちがやっている表現という世界だと思うんです。こういう世の中だからこそ、われわれが人間である上で忘れてはいけない「自分らしく生きる」ということを思い出させてくれる作品だなと感じました。 -三吉さんは台本を読んでどんな感想を持ちましたか。
三吉 最初は、単純に難しかったです。繰り返し読んでいたら、だんだんと、この村の集落で起こっていることや、掲げている理想というのは、意外と単純なことなのかもしれないと解釈するようになってきて、そうすると、私が演じるリクという女の子の生き方やきょうだいとの関係性も見えてきた気がします。リクは、集落の中では誰よりも自由で、自分に対してすごく素直な女の子なので、演じるのが楽しみです。 -それぞれ、役を演じる上で、どのようなことを大切にしたいと思っていますか。
三吉 今は、稽古が始まる前にあまり役を作りすぎない方がいいのかなと思っています。ノゾエさんに身を委ね、その場その場で感じたことや生まれた感情を大事にしたいと思っています。 -今まで演じてきた役と違って、かなり挑戦的な役ですね。
三吉 そうですね。こういう役は今まで演じたことがないです。それに、ステージの上で生の空気感でお客さんに伝えるということが初めてなので…。客席から見る景色と舞台上から見る景色は全く違うと思うので、怖くもあり、楽しみでもあります。 -瀬戸さんは、ご自身が演じる役のどういう部分を大切にしたいと思っていますか。
瀬戸 稽古に入ってみないと分からないことではありますが、雄介と彼の周りにある「常識」が何なのかということを考えながら演じたいです。それから、一見、無意味に見える彼らの行動にも、きっと何かしらの思いがあってのことだと思うので、それは大切にしなければいけないと思っています。 -映画やドラマなどの映像と舞台では演じる上で、何か違いはありますか。
瀬戸 舞台の方が制約が少ないという意味では役の表現の可能性は広がりますが、演じる上では特に何かを変えようとは思っていないです。 -では、役者として、互いにどのような印象を持っていますか。
瀬戸 三吉は初めて共演したとき、すごく若くて、すごく初々しかったです。今は、いい意味で初々しさはなくなっちゃいましたけど(笑)、女性として大人になったなと思いますし、これまでも何作か共演しているのでやりやすいです。 三吉 私にとって瀬戸さんは毎回、安心感を与えてくださる役者さんです。リーダーとして引っ張っていく感じを表に出すわけではないですが、細かいところまで気を使ってくださり、器の大きさを感じます。私を含め、他の役者さんからも慕われる方で、いつも感謝しています。 -三吉さんは本作が初舞台ということで、瀬戸さんから何かアドバイスはありますか。
瀬戸 いやいや、僕はもう初舞台の頃のことは忘れちゃっているので、何もアドバイスできることはないですが(笑)。きっと、(三吉は)舞台に立ったら堂々としているんだと思います。僕も、いまだに初日やその前日はドキドキしてしまってどうしようもないですが、丁寧に真摯(しんし)に楽しみながら稽古をすれば、少しずつ自信が付いてくると思いますし、きっと、千秋楽を迎える頃には、舞台の楽しさを感じられると思います。 -舞台の前にゲン担ぎはしますか。
瀬戸 舞台の袖で、「笹舟にネガティブな考えを乗せて流す」という想像をしています。これは、絶対にやっています。それをすると落ち着くんです。
-三吉さんは初舞台に期待することはありますか。
三吉 先ほど、演出のノゾエさんにお会いしたので、稽古場に持っていかなければいけない持ち物だけは聞きましたが…。 瀬戸 ちなみに何だったの? 三吉 とりあえず、運動靴(笑)。それから、稽古着と台本、ペン。 瀬戸 あめも持ってきた方がいいよ。途中でお腹が減るから、軽食的なものも持ってきた方がいいかな。 三吉 分かりました! マインドとしては、台本を読んで役を40パーセントぐらい作って稽古場に持っていって、残りの60パーセントは何も考えず、そこで生まれることを吸収していきたいと思っていますが、何せ何も分からないので、ドキドキしています(笑)。 -最後に、この作品の登場人物はみんな欲望に忠実に動いているということにちなんで、お二人の今の「欲望」を教えてください。
瀬戸 僕、欲望ってそんなにないんですよ。でも、僕はいい意味でも悪い意味でもすごく頑固な性格をしているので、変わりたいって願望は強いです。柔軟になりたいというのともまた違って…変えたいというよりは、変わりたいという気持ちがあるんです。漠然としていますが。 三吉 私も欲は全然ないんです。ただ、小さい頃からお仕事をさせていただいていることもあって、「普通の人間として生きている感覚」と、「お仕事をさせていただいて生きている感覚」を、いいバランスでコントロールしながら、どちらも持ち続けていきたいという思いは強いです。それから、ふとしたときに無になる時間がほしいです。 -無になるためにどんなことをするのですか。
三吉 一人で海外旅行にいきます。言語も違う国に行って、一人の時間を持つことで、何が楽しくて何がつらいか、それを誰に話せて誰に話せないのか、ということを自分の中で一度整理したいんです。 (取材・文・写真/嶋田真己) シアターコクーン・オンレパートリー2020「母を逃がす」は5月7日~25日、都内・Bunkamuraシアターコクーンで上演。