いわば「読むギャング映画」! アウトローなラッパーの生き様に痺れる『ヒップホップ・ドリーム』(漢 a.k.a GAMI)

漢さんの『ヒップホップ・ドリーム』は、人気音楽バラエティ番組『フリースタイルダンジョン』の出演でも知られる著者が、自身の半生とラッパーとしての歩みを綴った自伝です。

やや込み入った家庭環境のもとに生まれた漢さんは、成長するに伴い、犯罪や暴力が跋扈する裏社会へと足を踏み入れていきます。そこで、生きる為の術として自身の「シノギ(反社会的な経済活動)」に選んだのが、薬物の密売です。

「プッシャー(薬物の密売人)」として、裏社会に生きる漢さん。その一方で、学生時代に出会って強い衝撃を受けたヒップホップにも傾倒し、仲間たちとクルー(グループ、集団)を結成し、音楽シーンでもその名を響かせ始めます。

この本の中では、漢さんの「裏社会での活動」と「ラッパーとしての成り上がりのドラマ」が同時進行で語られていきます。自身が生きるアンダーグラウンドの世界と、ヒップホップへの思いが渾然一体となって、ラッパー「漢 a.k.a GAMI」は形作られ、そこから生まれた独自の視点で綴られる歩みは、この本に唯一無二の強烈な個性を与えています。

そして、その個性こそが本作の最大の魅力です。不謹慎かもしれませんが、犯罪を犯しつつ、ラッパーとしてのスキルを磨き、ヒップホップの世界でのし上がっていこうとする著者の姿は、とにかく痛快で、ただただカッコ良いの一言です。読んでいると、まるで海外のギャング映画を観ている時のような圧倒的な高揚感すら覚えます。

また、「ヒップホップは、絶対にリアルでなければならない」という漢さんの徹底した哲学にも痺れます。

例えば、『ヒップホップ・ドリーム』にはこんな場面が登場します。

ある日、関係性が良好ではないラッパーと、漢さんの仲間のラッパーがフリースタイル(即興でラップを行うこと)で対決を行います。その際、エキサイトした仲間が相手に向かって「今度お前を見かけたら刺すからな!」というフレーズを入れたラップをしてしまいます。

漢さんのクルーの中では、ヒップホップは常にリアルでなければなりません。つまり、ラップで口にしたことは絶対に実行しなければならないのです。結果、この掟に従って漢さんたちは相手を襲撃、本当に(あくまで「ラップの内容を実行する」ことが襲撃の理由ですので、致命傷にならない箇所を狙ってではありますが)ナイフで相手を刺してしまうのです。

この尋常ではない覚悟こそが、漢さんにとってのヒップホップなのです。そして、このエピソードは、「漢 a.k.a GAMI」というラッパーが送ってきたハードコアな半生の一エピソードに過ぎません。この他にも、一般の人は、到底縁がないであろう過激で危険な話が続々と登場します。

ギャングスタなライフスタイルと、そこから生まれた特異な精神性。自伝という形で「ワル」と「ヒップホップ」という2つの世界を読者に垣間見せてくれる、とても刺激的な本です。

文系ミュージシャンが描く留置場内の「あなたの知らない世界」! 『前科おじさん』(高野政所)

フィクション、ノンフィクションを問わず、様々な作品で舞台として描かれ、一般社会で暮らす私たちも、その様子を垣間見ることができる刑務所の内部。それに比べると、知っているようで知らないのが、刑務所に入る手前のボーダーラインに位置している施設「留置場」の中ではないでしょうか?

留置場に勾留された逮捕者は、一体、一日をどのように過ごしているのか? 食事はどんなものを食べているのか? お風呂やトイレはどうしているのか? 『前科おじさん』は、そんな疑問に答えてくれる本です。

著者の高野政所さんは、アニメやアイドルソング、お笑いといったオタク的な「ネタ」のサンプリングに特化したハードな電子音楽である「ナード(=オタク)コア」の代表的なアーティストとして知られる音楽クリエイター。自身が店長を務めるクラブで、突拍子もないコアなイベントを次々に企画し、サブカル界隈から支持を受けていた方でもあります。

ところが、念願叶ってメジャーレーベルからのアルバムリリースを果たした直後に、不祥事を起こしてしまい、留置場での生活を送ることになってしまいます。まさに、天国から地獄……いや、天国から監獄へとまっしぐら。しかし、そこで高野さんの洞察力がフルに発揮されます。

高野さんは、見た目こそ強面ではあるものの、その内面は「文化系」としか言いようのない非体育会系のミュージシャンです。そんな文系人間の高野さんが、「娑婆」と隔離された留置場で過ごした日々が笑いを交えてユーモラスに、そして活き活きと描かれています。

何はなくとも、著者が持つ観察力の鋭さと、見た物、聞いた物を笑いに変えてしまうセンスが光ります。一方で、反省の果てに、「人間にとっての幸せ」に思いを馳せるようになる著者の心の変遷や、留置場内部の問題点などにも言及がされており、色々と考えさせられる本でもあります。

先に紹介をさせていただいた『ヒップホップ・ドリーム』の真逆を行く価値観と目線から「ワル」の世界を覗ける本であり、個人的には併せて読むとより楽しめる本かと思います。

ちなみに、タイトルのイントネーションは、志村けんさんの代名詞的な名ギャグ「変なおじさん」と同じとのこと。このユーモアを楽しめる方ならば、読んで損なしな一冊です。