"創作"に身を捧げたハードロッカーの壮絶な生き様に心震える! 『屈折くん』(和嶋慎治/人間椅子)
BALCK SABBATH直系のダークでヘヴィなハードロックサウンドに、日本情緒溢れる猟奇性と文学性を持つ歌詞を合わせ、日本国内で孤高の地位を築いたバンド、それが人間椅子です。
『屈折くん』は、人間椅子のメンバーである和嶋慎治さんによる自伝。ロックミュージシャンとして30年以上のキャリアを持つ著者の半生が赤裸々に書かれています。
この本には、青森県の弘前市で過ごした幼少期の追憶に始まり、齢50にして遂にバンドの活動のみで生活を賄うことができるようになった近況までが、嘘偽りない、率直な言葉の数々によって綴られているのです。
何より凄いのは、自身の人生を振り返り、それを文字に起こす上で人生の良い部分も悪い部分も、その何もかもを素直に曝け出している点です。
人間椅子は、90年代に放映されていた人気音楽バラエティ『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称『イカ天』)に出演をしたことで、アマチュアバンドにも関わらず全国的な人気と知名度を得ます。しかし、同番組が巻き起こした「バンドブーム」の終焉と共に、セールスが落ち込み始め、そこからバンドにとっての長く険しい苦悩の日々が始まります。
バンドを続ける為に始めたアルバイトのこと、金銭的な問題と創作に対するストイックな姿勢から風呂なしのアパートに住み続けたこと、一時期、アルコール中毒に陥っていたこと、そして、ファンも知らなかった過去の結婚と離婚のこと……どこまでも人間的で生々しい苦悩の日々が、包み隠さず刻まれているのです。
しかしながら、人生で度々訪れる逆境に対し、和嶋さんは背を向けることなく、寧ろ積極的に飛び込んでいこうとします。その結果、苦悩に次ぐ苦悩によって創作に対する感性が研ぎ澄まされ、その果てに、和嶋さんは芸術に殉じる決意を固めていきます。
この本に収められているのは、「表現者として、苦労の果てに遂に掴んだ成功」といった明快な物語ではありません。そこにあるのは、決して分かりやすいサクセスストーリーではなく、創作に人生の全てを捧げようとする人間の凄みです。
和嶋さんの高校時代のあだ名だったという『屈折くん』というタイトルも秀逸なこの本。「創作」という言葉に惹かれる、クリエイター志望の人に強くオススメしたい一冊です。
ロッカー兼人気作家が、"ハコ"の魅力を語り尽くす最新エッセイ! 『ライブハウスの散歩者』(大槻ケンヂ/筋肉少女帯)
最後にご紹介したいのが、大槻ケンヂさんの最新エッセイ集『ライブハウスの散歩者』です。
筋肉少女帯、特撮といったバンドのフロントマンとして、また、作家としても長年に渡って活躍している"オーケン"こと大槻ケンヂさん。大槻さんの著書は、小説、エッセイ、対談本と多岐に渡り、どれを読んでもハズレがないのですが、その作家としての才能とエンターテイメント性は、本著でも存分に味わうことができます。
この本は、雑誌『散歩の達人』で連載をしていたコラムを書籍化したもので、各号で特集された街や企画内容に合わせて、各地のライブハウスやイベント会場……「ハコ」を紹介し、そのハコにまつわるオーケンの思い出を綴るという内容です。
取り上げられるハコは、野外ロック・フェスティバルの会場や大規模なホールから、惜しまれつつ閉鎖された名会場、弾き語りができるスペースが併設された地方の小さな飲食店まで、大きさも場所も様々、実にバラエティーに富んだセレクションとなっています。
先に紹介した人間椅子と同じく、大槻さんも30年以上のキャリアを持つバンドマンであり、全国津々浦々の会場でオーディエンスを沸かし続けたロックヴォーカリストです。その為、ハコにまつわるエピソードは尽きず、大小様々なハコのインフォメーションと共に、笑える話や失敗談、ちょっとシンミリする哀感に溢れた挿話まで、様々なメモリーが描かれます。
表現をするアーティストと、その表現を享受するオーディエンス。その両者が同じ時間と空間を共有する「ハコ」が持つ不思議なパワーが、大槻さんの軽やかな語り口によって浮き彫りになっていく様が本作の大きな魅力です。
年齢的に"アラフィフ"の頃の連載ということもあり、その言葉は全体的に落ち着いた、ちょっと達観したような雰囲気に溢れているのも特徴であり、この辺りは20代や30代の頃のエッセイと読み比べてみると、オーケンの作家としての歩みが感じられるようで、ファンとしても興味深いポイントです。
自身の情けないエピソードや失敗談をユーモラスに語り、センチメンタルな情感も顔を出す。年齢を重ねた今も、現在進行形で日本中の文化系人間に勇気を与え続けるオーケンらしさに溢れた本です。