数々の映画賞を受賞した『悪人』(10)の李相日監督の下、豪華キャストが集結したヒューマンミステリー『怒り』。東京、千葉、沖縄を舞台に、未解決の殺人事件の容疑者と目される3人の男と周囲の人々の関係を通して、さまざまな問題をあぶり出していく骨太な作品である。興行収入16億円超の大ヒットを飛ばし、2016年の日本映画を代表する1本となったこの作品が、4月12日にBlu-Ray&DVDとして発売される。そのリリースを控えた李監督と出演者の渡辺謙、森山未來、松山ケンイチに、改めて作品を振り返ってもらった。
-公開から時間がたちましたが、改めて今のお気持ちをお聞かせください。
李 今の日本映画の流れの中で、決して見やすくて心地よい映画ではありませんが、それでも多くの人の心をいい意味で刺激することができたのは良かったと思います。
渡辺 李さんの映画って、どれも痛いんですよ。それは、ただ「感動した」というだけではなく、心の中に深く刺さる痛さがある。最近は口当たりのいい映画が多いので、若い人たちはなかなかこういう映画を見る機会がないと思うんです。幸いにもこの映画は、割と若い人たちにも見てもらうことができた。彼らは、映画の持つある種の“危険さ”みたいなものを体験してくれたのではないでしょうか。こういう作品が生き続ける必然性が日本映画にもないといけない。そういう意味で、これは10年後、20年後にも生き続ける映画だという気がします。
森山 映画が公開された後、自分の周りの人もいろいろ感じてくれていることは実感していました。自分でもえぐられる部分があったし、今までは沖縄に行ってもバカンスの感覚でしかなかったものが、今はもう、そうではない空気をまとってしまったような、ある種のトラウマ的な要素もあります。その一方で、この作品に関われた喜びや、充実感のようなものはずっと持ち続けるんだろうなという感覚もあります。
-松山さんは、千葉編で渡辺謙さんと共演しましたね。
松山 謙さんとは初めてだったので、いろいろ勉強させていただきました。中でも印象的だったのは、「沖縄編や東京編で、痛みを伴うドラマチックな展開がある中で、俺たちの千葉編は特に大きな問題が起こるわけじゃない。だから、もしかしたら観客にとっては箸休め的なパートになるんじゃないか」とお話しされていたことです。その言葉が、演じる上で自分の柱になりました。僕が演じた田代は感情を抑えた人物なので、表現すべきところをきっちり表現した上で、どこまで抑えた演技ができるかということを心掛けました。
-恋人の愛子を演じた宮崎あおいさんも、見事な演技でした。
松山 あおいちゃんとは10代のころに一度共演したことがあって、自分で演じる時に彼女の芝居を参考にすることもあるほどの存在です。今回は、監督に追い詰められながら演技を掘り下げて行くのを隣で見ていました。その結果、すごいところまで達したな、という印象を受けました。そういう現場に立ち会えたことは、すごく幸せな体験でした。
-沖縄編に出演された森山さんは、撮影前に舞台となる無人島で、実際に1人で生活されたそうですが、そのモチベーションはどこから生まれたのでしょうか。
森山 僕は、映画の現場って、居合みたいな場所だと思っているんです。現場には撮影や美術などいろいろな部署の人がいますが、それぞれの部署と斬るか斬られるか、みたいな感覚があって、最初の一歩目が非常に重要な世界。舞台のように稽古を通じてスタッフと作品を共有していく時間はないので、いきなりつばぜり合いみたいな状態になる。そのヒリヒリした感覚が映画の好きなところです。ただ、その場に余裕を持って臨むためには、自分なりの準備が必要になります。そういう準備として、無人島での生活を選びました。プレッシャーがありつつも、どういうふうに現場で渡り合えるかということを考えながらだったので、ワクワクしました。
-森山さんは、渡辺さんと松山さんが共演した千葉編を見て、どのような印象を持ちましたか。
森山 僕と松山くんと東京編の綾野(剛)くんの3人が殺人事件の容疑者になりますが、松山くんが演じる田代には愛子という存在がいて、綾野くん演じる直人には優馬(妻夫木聡)が寄り添う。僕が演じる田中にとっては、ある意味それが泉(広瀬すず)だったりするんだけど、この2人の関係はある事件によって分断されてしまう。だから、田代と愛子がしっかり結ばれている様子を見ていたら、田中が抱える空虚感みたいなものが浮き彫りになったような心地になりました。
-渡辺さんは、李作品への出演は『許されざる者』(13)に次いで2度目となりますが、李監督に対して、どのような印象をお持ちでしょうか。
渡辺 僕は『悪人』の現場は知りませんが、恐らくこの監督が見たいもの、描きたいものに対する自分の角度はずっと変わらないんだろうなと。毎回、チャレンジはしていると思うんですよ。『許されざる者』もそうだし、今回は東京編、千葉編、沖縄編に分かれた3本の映画を1本に束ねていくような作業というのは、相当なチャレンジだったでしょう。でも結局、そこで見たいもの、描きたいものに向かう角度は変わらない。そこに僕らはほだされちゃうわけです。
-現場が厳しいと良く言われますよね。
渡辺 自分の撮りたいものに対して正直なだけだと思いますよ。本当にいいと思わないとOKを出さない。だから逆に、OKを出したものについては、得心はしたんだろうなと。最終的に出来上がったものはそうなっていて、そうでないものについてはきっちり落としていくので、とても信頼できます。
-この映画では、沖縄の基地問題やLGBTの問題など、社会的に関心の高い問題が扱われています。とはいえ、『怒り』というタイトルにもかかわらず、登場するのは怒れない人たちばかりです。この点については、どのように考えましたか。
渡辺 怒りを扱う映画ではないですよね。殺人事件の周囲で起きる出来事を通して、人を信じるとはどういうことなのか、ということを描いた話ですから。基本的に李さんが主眼を置いているのは、弱者だと思うんです。社会の中での強者ではなく、どこか弱い部分や辛いことを抱えている人たち…ですよね?
李 ありがとうございます。「怒り」の裏側にあるものですよね。「怒り」って、表面的には激しい感情のように見えますけど、その裏側には恐れや不安がある。そういうものが増幅されて、怒りとして出てくるわけで、怒っている人たちがみんな自信満々で怒っているわけではなく、裏を返せば何かをすごく恐れている。そういうことを感じました。
松山 怒りを含めた人間の感情って、行動に直結して自分を支配しやすいものだと思うんです。感情に振り回されると、もっといろいろなものに振り回されてしまう。だから、そうならないように、自分の感情とちゃんと向き合わないといけない。この映画で、そんなことを強く感じました。
(取材・文・写真/井上健一)
『怒り』
2017年4月12 日(水)発売
DVD 通常版 3800円+税
※4月5日(水) Blu-ray・DVD レンタル開始
発売・販元:東宝