大野均(東芝ブレイブルーパス) 提供:東芝ブレイブルーパス 大野均(東芝ブレイブルーパス) 提供:東芝ブレイブルーパス

5月22日、東芝ブレイブルーパスの大野均がウェブ会議システムで引退会見を行った。日本代表最多98キャップを誇る42歳のロックは、19年間にわたる現役生活に別れを告げたのだ。

「大学からラグビーを始めて、素人同然だった私を東芝に誘ってもらい、“灰になってもまだ燃える”が信条でやってきたが、1年前からヒザに痛みが出て別メニューとなった。昨年の『ワールドカップ』で日本代表がベスト8になり、東芝にも頼もしい選手が出てきた。選手としてやり残したことがないと思い引退を決めた」

ヒザの状態は深刻だった。

「昨年末から走るのもキツくなり、漠然と“今季で引退かな”と思っていた。リハビリが続き、そしてコロナでこのような状況になったある日、ふと“今日は走れるかな”と思い、実際に走ったら2・3歩で痛みが出てきた。このあたりが潮時だと思った」

現役を去る決断をしたキッカケを語る表情に後悔や悲壮感はない。大野は「東芝、日本代表でたくさんの試合に出させてもらった。振り返ってみても感謝しかない」と清々しい表情でキッパリ。

激しさには一家言を持っている。骨惜しみしないフォワードは「大学からラグビーを始めて、パスもキックもヘタクソ。チームで何ができるか考えた時、走ることと激しさだった。逆にパスやキックがうまかったら選択肢に迷っていたかもしれない。“このチームで勝ちたい”と思える魅力あるチームで戦うことができ、“すべてを投げ打ってでも勝ちたい”という思いでプレーした」と矜持を口にした。

100試合近い代表キャップの中で、大野は2013年6月のウェールズ戦を最も印象深いゲームに挙げた。「桜のジャージを着て出た試合はすべて印象に残っている。2015年『W杯』の南アフリカ戦もそうだが、2013年に秩父宮でウェールズに勝った試合(23-8)。2004年の遠征で100点差(0-98)で負けたウェールズに対して、9年後にまさか勝てるとは。ノーサイドはベンチで見届けたが、ほぼ勝ちを手中に収めたと感じた時は涙でグラウンドが見えなかった」と振り返った。

今やりたいことは家族サービスである。新型コロナウイルスが収まったら、「娘が韓流アイドルのファンなので、新大久保でデートしたい。これまでは練習だったり、試合だったり、ゆっくりした時間が取れなかったので、そういう時間を大事にしたい」と語った。

今後のプランは未定ながら、「東芝が王座を奪還するための活動をしていきたい。大野均にしかできないことをやってラグビー界に貢献していきたい」とのこと。ラグビー界の鉄人の第一のラグビー人生を惜しみつつ、第二のラグビー人生にも期待したい。

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