ハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)所属のアイドルグループ・アンジュルム。2009年4月に「スマイル」と「マイレージ」を組み合わせた造語である「スマイレージ」として活動を開始し、2014年12月に現在サブリーダーを務める2期メンバー・中西香菜の発案により「天使の涙」を意味するグループ名へと改名した。
ダンサブルなメロディとパフォーマンスを武器に、ホールツアーや日本武道館公演などを成功に収め着実に存在感を強めているほか、2016年12月には、リーダーの和田彩花がハロプロの新リーダーを兼任することを発表。
2005年6月の結成からハロプロの一躍を担ってきた℃-uteの解散、そして、2002年のハロプロ加入からアイドルとして15年の節目を迎えた嗣永桃子の卒業以降、ハロプロのリーディングヒッターとしての活躍も期待されている。
複数のグループが名を連ねるハロプロであるが、その中でも、モーニング娘。'17のように卒業と加入を繰り返すグループであるのも特徴のひとつ。
直近の歴史を辿ると、改名の直前である2014年10月に室田瑞希、相川茉穂、佐々木莉佳子が加入。2015年11月には初期メンバーとしてグループの成長を体現してきた福田花音、2016年5月にはパフォーマンスをけん引してきた田村芽実が共に日本武道館で卒業を迎えた一方、福田の卒業と同時期に一般からのオーディションで上國料萌衣が加入した経緯を持つ。
そして、2016年7月。新たなメンバーの加入が話題を集めた。育成組織であるハロプロ研修生からグループ入りを果たした、笠原桃奈である。
メンバーやファンから“かっさー”の愛称で親しまれる笠原は、2015年4月のハロプロ研修生への加入からアイドルとしてのキャリアをスタート。その活動の一貫として行われる年に一度の一大イベント「Hello!Project 研修生発表会2016~春の公開実力診断テスト~」(2016年5月5日)でファン投票によりベストパフォーマンス賞を獲得するやいなや一躍注目の的となり、そして約2ヶ月後、アンジュルムのメンバーとしてのお披露目を迎えた。
また、当時は若干12才の中学1年生と、フレッシュな逸材がアンジュルムにどんな“変化”をもたらしてくれるのかという期待もあり大きく話題をさらった。
そして、電撃加入からまもなく1年を迎える今、アイドルを目指したきっかけやアンジュルムの活動にかける思い、さらに、自身がメインパートを初めて務めたという一曲も収録された最新シングル『愛さえあればなんにもいらない/ナミダイロノケツイ/魔女っ子メグちゃん』(2017年6月21日 発売)にまつわるお話を、インタビューにより伺った。
プラチナ期に憧れてハロプロへ。研修生時代は『ドンデンガエシ』に救われる
――そもそも、笠原さんはどういったきっかけからアイドルを目指したんですか?
笠原:元々、家族でモーニング娘。さんのプラチナ期が大好きだったんです。昔から、お父さんやお母さんたちとみんな一緒に振り付けをマネしていたほどで。家族全員好きなメンバーはバラバラだったんですけど、私は、亀井絵里さんのお客さんを虜にするようなパフォーマンスに憧れていました。
でも、当時は自分がアイドルになるなんて思ってなかったです。むしろ両親の方が「アイドルになってほしい」という気持ちが強かったみたいですね。
――そこから巡り巡って、今ではハロプロの一員になったというのは感慨深いですね。アイドルとしての本格的なスタートは研修生からですが、どういった経緯で加入することになったんですか?
笠原:初めは『モーニング娘。12期メンバー『未来少女』駆け込みオーディション!』を受けたんです。じつは当時まだ9才だったので応募資格の10才を満たしていなかったのに、直接オーディション会場で応募する方法があったから「もうすぐ10才です!」と言って受けに行きました。
でも、結局は落ちてしまって、次の年の『モーニング娘'14<黄金(ゴールデン)>オーディション』もダメだったんですけど、ハロプロ研修生への誘いを受けたのでやってみようと思いました。